1. じんぶん堂TOP
  2. 文化・芸術
  3. 三島由紀夫『夜告げ鳥』 没後50年を経て出版

三島由紀夫『夜告げ鳥』 没後50年を経て出版

記事:平凡社

三島由紀夫『夜告げ鳥』の口絵には「目録(目次案)」の直筆原稿の写真を収録
三島由紀夫『夜告げ鳥』の口絵には「目録(目次案)」の直筆原稿の写真を収録

幻の自選作品集『夜告げ鳥』とは?

  本書『夜告げ鳥(よつげどり)』は、『仮面の告白』刊行1年前の昭和23年、23歳の未生の作家・三島自身が企画した幻の作品集である。幻というのは、版元となるはずだった圭文社の経営が傾いて24年に倒産し、そのままお蔵入りとなったからだ。『仮面の告白』を蝶に喩えるなら、『夜告げ鳥』は脱皮し成虫になる以前の、「さなぎ」の段階の三島と言ってよい。脱皮に失敗して死に至る生物も多いという。

 いったいなぜ、版元倒産という事情にもかかわらず蝶は見事に脱皮し、大胆かつ華麗に舞うことができたのか? そしてどこへ向かって翔び去ってゆくのか? すべては「さなぎ」の生態の中に秘められている。

 原稿用紙に書かれた三島自筆の目次案(三島は「目録」と呼んでおり、組版指定の朱もはいっている。三島由紀夫文学館蔵)によれば、本書は評論、詩、小説の3部構成で、小説はすべて、本書企画の時点で雑誌に既発表だったものの再録である。詩と評論には、当時既に書き上げられていたが、活字化は企画が潰えた後、なかには三島没後にはじめて公表されたものも含まれている(その際タイトルに多少の変更が加えられた場合がある)。これについては本解説の最後に初出一覧を付した。なお、本書のタイトルは当初『小饗宴』が有力で、『夜告げ鳥』と確定していたわけではない。しかし、私は全篇の中ほどに置かれた詩「夜告げ鳥」を表題作とするのが、もっとも三島の意に沿うと確信する。そう考える理由も含め、ここに収められた各篇について、必ずしも掲載順にはならないが解説してゆこう。

 最初に確認したいのは、この作品集の刊行を目指した昭和23年、23歳当時の三島はどんな状況に置かれていたか、ということだ。それを知るには、「第一部 評論」に収められた「招かれざる客」や「重症者の兇器」を見ればよい。「招かれざる客」は、「僕はどこにゐてもその場に相応しくない人間であるやうに思はれる」(46ページ)と書き起こされる。「重症者の兇器」では、作家としての自分を軍隊から盗んできた一挺のピストルしか頼れるものがない強盗になぞらえている。ここには時代や社会から疎外された孤独感と、その苛酷な状況と闘ってみせるという必死の思いが滲み出ている。

 私たちは太平洋戦争の終結から2、3年後までの時期を振り返るとき、つい、あの頃は生活は苦しくても戦争の重圧から解放されて自由だったと考えがちだ。しかし、実態はそれほど単純ではない。特に戦時中、蓮田善明、清水文雄ら雑誌「文芸文化」の同人に愛され、昭和19年10月には最初の短篇集『花ざかりの森』を刊行するなど只ならぬ早熟ぶりを誇っていた三島の場合、終戦の報を受けた蓮田が戦地のマレー半島南端のジョホールバルで自決し(その経緯については井口時男『蓮田善明 戦争と文学』を参照)、清水文雄も広島に帰ってしまうと、それまでの後ろ盾を失って絶望と焦燥感を身に染みて味わうことになったのだった。『仮面の告白』刊本に挟み込まれた「『仮面の告白』ノート」にはこうある。

この本は私が今までそこに住んでゐた死の領域へ遺さうとする遺書だ。この本を書くことは私にとつて裏返しの自殺だ。飛込自殺を映画にとつてフィルムを逆にまはすと、猛烈な速度で谷底から崖の上へ自殺者が飛び上つて生き返る。この本を書くことによつて私が試みたのは、さういふ生の回復術である。

 だが、単に後ろ盾を失ったという事情だけで右のように語るのは大袈裟に見えるかもしれない。実は当時の三島には、もう一つの困難があったのだ。むしろ、こちらの方がより深刻な問題だったと言うべきであろう。それは、戦時中交際していた女性が、昭和21年5月に他家に嫁いだという出来事である。ところが、その後も三島は彼女と曖昧な交際を続けたのだった。三島の愛読者なら、既に明らかであろう。それは、学習院における級友・三谷信の妹・邦子、『仮面の告白』では「園子」と呼ばれることになる女性との関係であった。なにゆえに彼は結婚を決断できなかったのか? 自分がゲイかもしれないという自覚があったからである。ではなぜ、その後も曖昧な関係を続けたのか? ゲイであることを受け入れられなかったからである。しかも、(これは声を潜めて言うべきことだが)人間にとって性とアイデンティティをめぐる問題は、死に至るまでの暴力衝動と分かち難く結びついているという真実から、三島は目を背けることがなかった。時代や社会からの疎外感に加えてこの葛藤が三島を引き裂いていたのである。崖下に横たわる血まみれの遺体はその象徴に他ならない。そして『夜告げ鳥』は、投身自殺者が立ち上がり生き返るための跳躍台となる書物だったのだ。

(三島由紀夫『夜告げ鳥』解説の冒頭部分を引用)

三島由紀夫『夜告げ鳥』目次

第一部 評論
川端康成論の一方法
川端康成氏の「抒情歌」について
М・H氏への手紙
掌篇小説掌論
招かれざる客
重症者の兇器
相聞歌の源流
澤村宗十郎について
檀一雄氏の「花筐」について
武田泰淳氏の「才子佳人」について

第二部 詩

小曲第一番
小曲第二番
小曲第三番
小曲第四番
小曲第五番
風の抑揚

夜告げ鳥 憧憬との訣別と輪廻への愛について 
軽王子序詩 
落葉の歌 
オルフェウス 
バラァド à Mlle. K. Milani 
古代の盗掘 
馬とその序曲 
詩人の旅 

風と辛夷
火と水について 
禹域
桃1
桃2

第三部 小説
短篇集 
恋と別離と 
婦徳 
エスガイの狩 
朝倉 
菖蒲の前
贋ドン・ファン記  

補遺
扮装狂
バルダサアルの死

解説 井上隆史 

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ