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『あの日からの或る日の絵とことば』 東日本大震災から9年目の今をむかえて

記事:創元社

『あの日からの或る日の絵とことば』(創元社)
『あの日からの或る日の絵とことば』(創元社)

3.11以降、という言葉をめぐって

 「3.11以降」、という言葉がじつはあまり好きではありません。

 それはこの文章の執筆者があの頃、あまり地震の影響の大きくない関西に住んでいたということもあるかもしれませんがそれだけでなく、東日本大震災の以前にも阪神大震災や新潟県中越地震があり、また自然災害にかぎらず、大きくは報道されない事故や事件をとおした小さなカタストロフはそれぞれの誰かにあったわけで、にもかかわらず「3.11からすべては変わってしまった」といった会話が常識として流通することは、それら「個別的で不可逆的なキズ」をどこか不当に扱ってしまっているように感じるからかと思います。

 と、こうした書きぶりからも分かるように3.11をめぐることばは、あの日から9年近くが経った今でも、必要以上に冗長に、かつどこか言い訳がましいものになりがちです。「なにか言わなければならない」と、「なにも語れない」。そうした矛盾した思いを私たちに背負わせるなにか。それが3.11という一日の現在におけるひとつのあり方だと思います。

 今回ご紹介する『あの日からの或る日の絵とことば』は、副題に「3.11と子どもの本の作家たち」とあるように、東日本大震災をめぐる「或る日」を描いたイラストブックです。荒井良二氏、飯野和好氏、長谷川義史氏、ミロコマチコ氏、ヨシタケシンスケ氏など、現代を代表する32人の絵本作家たちによる、絵とエッセイを収録しています。

 以下、収録作のなかからいくつかご紹介します。

あの日からの或る日の絵とことばたち

石黒亜矢子「アノ頃ノコト」
石黒亜矢子「アノ頃ノコト」

 千葉県で地震をむかえた著者。ちょうどパソコンでハワイ旅行のサイトを見ていたときのことだったとのこと。大きな揺れが楽しくて大はしゃぎする子供たち、スーパーやコンビニで買い占めをする人たち、見なくてもいいSNSの情報を眺めて荒む日々が描かれる。

坂本千明「錨」
坂本千明「錨」

 東京で東日本大震災をむかえた著者が思い出すのは、その日のすこし前に亡くなった友人のこと。この先もずっとあの日を知らないままの友人と、あの日からの今を生きる著者。頼りになるいくつかのものを失い、不安のなかで生きる日々をやり過ごす。

「八年かけて少しずつ、たぶん私は諦めたのだ。人生の不公平を。いたたまれなさを。私は浮きつづけるし、たとえじたばたしてでも錨は自分でおろすしかないということを」

ミロコマチコ「いきものとしてのわたし」
ミロコマチコ「いきものとしてのわたし」

 東日本大震災後、実家のある大阪に避難していた著者は、東京にもどる途中の新幹線で生理になる。ナプキンを探して品川駅の周囲をさまようが、まだ震災間もない薬局の棚はからっぽで、何件もハシゴしてようやく買うことができたという。

 そんななか、ある編集者に渡された、サバンナの親子の動物たちの生と死を描いた本に衝撃を受ける。懸命に生きる動物たちの絵を描くごとに「生きることについて深く考えるようになった」という。著者の描く「いきものとしての人間」は、サバンナの動物たちと同じ強い目をしている。

長谷川義史「野球少年」
長谷川義史「野球少年」

 震災から3カ月ほど経ったある日、訪問した石巻市で著者が出会った少年。少年は当日、自分の家の屋根に乗って、お父さんと一緒に津波に流されたと語る。そして屋根に乗って流された先で衝突した別の家の屋根に乗り移って助かったという。「そこの家にあったウインナーをいただいて食べたのが美味しかったよ」と嬉しそうに語った少年はその後も野球を続け、2018年の夏、甲子園にショートで出場する青年に成長した。

ヨシタケシンスケ「あの日からのワタシ」
ヨシタケシンスケ「あの日からのワタシ」

 あの日から明らかになった「さまざまな問題」。そうしたことを知らなければならないという思いと、そこから逃れたいという思い。その両方に迫られ、戸惑う著者から出てくるのは祈りのことばだ。

「どうか、せめて、大事なことをちゃんと『覚えているフリ』が上手になりますように。/そして、どうか、恐怖を、不安を『忘れているフリ』も上手になりますように」

それぞれの「あの日」と、それぞれの「或る日」

 以上、『あの日からの或る日の絵とことば』から、いくつかの絵とエッセイをご紹介しました。

 被災直後の千葉の日々を描いた「アノ頃ノコト」、地震から3カ月経った石巻の子供たちを描いた「野球少年」、「あの日」から続くふわふわとした今を描いた「錨」など。時期も場所もことなる「或る日」の物語たちですが、様々な場所で「あの日」をむかえた私たちの様々な「今」と、どこかで途切れ、どこかでつながっているように思います。

 震災から9年目を迎えた今、そしてこれからも、この本はあなたに読まれることを待っています。

※本書の装画を手掛け本文執筆にも参加してくださった荒井良二さんと編者・筒井大介さんのインタビューもご覧ください。(創元社 編集局 浅山太一)

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