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『不倫と結婚』 なぜ不倫にこんなにもざわつくのか?

記事:晶文社

『不倫と結婚』(晶文社)
『不倫と結婚』(晶文社)

聖書で唯一、二つの戒律が与えられている不倫

 結婚というものが発明されて以来、不倫と、不倫に対するタブーは存在し続けている。それは歴史を通して法により規制され、議論され、政治に利用され、悪者扱いされてきた。それでいて、あらゆる場所での糾弾にもかかわらず、不倫はけっしてなくならない。そのせいか、それは聖書で唯一、二つの戒律――姦淫すること、姦淫についてただ考えること――を獲得している。

 あらゆる社会で、すべての大陸で、時代を超えて、どんな罰則や抑止力にもめげず、男と女は婚姻の監禁からこっそり抜け出してきた。人が結婚をするほぼすべての場所でモノガミー(一夫一婦制、主義)こそが公式な規範であり、不倫は人目を忍ぶ規範外だった。だったら、この普遍的に存在しながらも普遍的に破られてきた歴史あるタブーを、私たちはどう理解すればいいのだろう?

 過去六年間、私はそんな会話をしてきた。私の診療室の閉ざされた壁の内側だけでなく、機内で、ディナーパーティで、会議で、ネイルサロンで、同僚と、テレビの修理屋と、そしてもちろんソーシャルメディア上でも。

 世界津々浦々で私が「不倫」という言葉を発したときの反応は、厳しい非難から諦めきった受け入れ、そのストレートな情熱に対する慎重な同情にいたるまで、実にさまざまだった。ブルガリアのある女性グループは、夫たちの女遊びを残念ではあるが避けられないものだと見なしていた。パリではその話題は即座にディナーパーティの会話に戦慄を巻き起こしたので、どんなに多くの人が不倫の両サイドを経験してきたかに気づかされた。メキシコでは、女性たちが昨今の女性側の浮気の増加を、それまで延々と夫たちに「二つの家」――家族のための家と愛人のための家――をもつことを許してきた男性優位の文化に対する一種の社会的反乱であると見なし、誇らしくさえ感じていた。

 不倫はいつどこにでもあるものかもしれない。でも、私たちがその中に見出す意味――不倫の定義、苦しみ方、反応――は、究極的にはその不倫ドラマが展開する時代と場所に深く左右されている。

今どきの不倫

 アンソニー・ギデンズは著書『親密性の変容』(而立書房)の中で、セックスが生殖と切り離されたとき、それは私たちの生体のただの一特性ではなくなり、私たちのアイデンティティのマーカーになったと説明した。私たちのセクシュアリティは自然界から離れて社会化し、一生を通じて定義や再定義を行う「自身の所有物」になったのだ。それはもはや私たちが単に「行う」ことではなく、私たちが「誰であるか」の表現になった。世界の私たちが暮らすエリアでは、セックスは私たちの「個性」や「個人の自由」や「自己実現」と結びついた人権だ。性の喜びは当然手に入るべきもので、それは親密さの新しい概念の支柱になった。

 現代の結婚の中心に親密さがあることは、疑う余地がない。精神的な近しさは長年の関係より生じる副産物から、誰もが手にすべきものへとシフトした。伝統的な世界では、親密さは日々の試練をともにすること――畑で働き、子どもを育て、損失や病気や困窮を乗り越える――から生じる親愛の情や仲間意識だった。男も女も愚痴を聞いてくれる相手や友情は、同性との付き合いの中に求めていた。男たちは仕事やビールを通して、女たちは育児や小麦粉の貸し借りを通して仲良くなった。

 現代世界は絶え間なく動き、その回転スピードはますます上がっている。多くの場合、家族は離れ離れになり、兄弟姉妹は大陸中に散らばり、私たちは植物を別の鉢に植え替えるより簡単に新しい仕事を求めて移住する。私たちにはバーチャルの「友達」が何百人もいるが、飼い猫の餌やりを頼める人はいない。私たちは祖父母よりはるかに自由だが、同時に孤立している。安全な港を必死で探すものの、どこに停泊すればいいのかがわからない。そんな中、結婚内の親密さはますます核化する人生への最上の対抗手段になったのだ。

 結婚に対する期待がこれほどまで膨れ上がったことはかつてない。私たちは安心感、子ども、財産、世間体など、伝統的な家族が与えてくれることになっていたものすべてを今なお欲し、かつ伴侶に愛され、欲情され、興味をもってもらいたがっている。夫婦は親友であり、悩みを打ち明け合う相手であり、おまけに情熱的な恋人であるべきだと信じている。人間の想像力は「一人の相手との間に、無条件の愛、うっとりするほどの親密さ、めくるめくセックスが長期にわたり続くであろう」という新しいオリュンポス山を創り上げた。しかも、その長期というのがますます長くなっている。

 結婚指輪の小さな輪の中に互いを閉じこめる――それはとんでもなく矛盾する理想だ。私たちは自分の選んだ相手に持続性と安心感と予測可能性、すなわち地に足を付けるために必要なすべてを提供してもらいたがりながら、同時にその同じ相手から、畏敬、謎、冒険、リスクを与えてもらおうとしている。安らぎをください。でも危なっかしさもください。慣れ親しんだ心地よさをください。でも目新しさもください。持続性をください。でも驚きもください。今日の夫婦は永遠に引き裂かれた恋人同士の性欲を一つ屋根の下に持ち込もうとしているのだ。

(『不倫と結婚』より抜粋)

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