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【編集者座談会】人文書担当編集者たちが語る「ヒット本の裏側とバズらせ方と下心」

記事:じんぶん堂企画室

左から:麻田江里子さん(KADOKAWA)、柴山浩紀さん(筑摩書房)、竹田純さん(柏書房)
左から:麻田江里子さん(KADOKAWA)、柴山浩紀さん(筑摩書房)、竹田純さん(柏書房)

複数のリリースを用意して「協力者を一人でも増やす」

 KADOKAWAの麻田江里子さんが取り上げたのは『ウィトゲンシュタイン 論理哲学論考』(古田徹也著)。角川選書「シリーズ世界の思想」の中の1冊だ。「(担当する角川選書と角川ソフィア文庫は)場合によっては50年ぐらい同じものを売るジャンル。基本の作品を整えて、シリーズものを展開できるようにすること、そして、やさしい一流の解説、長く読まれる最新の研究を扱うという基本方針」があったという。

 角川ソフィア文庫の「ビギナーズ・クラシックス」では「日本」や「中国」の古典や思想は取り上げてきたものの、「西洋」をきちんとフォローできておらず、長年の“編集部の課題”だったそう。そこで、ちょうどレーベルの新シリーズを模索していた角川選書でまずは立ち上げにいたった。

 麻田さんはこの本をつくるにあたり「論理哲学論考を知りたいなと思ったのですが、誰にお願いしたらいいのか分からなくて……。外の人に頼るしかないということで、ライターの斎藤哲也さんに相談させてもらいました。編集長と私が中心になって、ラインアップを組んでいきました」と話した。

 そうしていざ本をつくった麻田さん。話題づくりのために「まずは社内の人に知ってもらうこと」を徹底したという。

 「KADOKAWAはとにかくたくさんの従業員がいます。刊行点数も多くて『小説 君の名は。』などのベストセラーも数多い。人文書は様々な作品にうもれてしまって、一点一点意識して営業してもらうのが難しい場合もあるんです。だから社外にリリースをする前に、関係がありそうな社内の部署にメールを送りました。そうすると、図書館担当の営業部員や大学生協担当の営業部員などが反応してくれて、『こんなことができるよ』といった提案をもらいました」

 社内用のリリースのほか、社外でも書店員に配布できるもの、発売時に「PR TIMES」などで流すもの、献本用のものなど、段階を踏んで多くの種類をつくったという。「とにかく協力をしてくれる人を一人でも増やしていくような感じでやっています」と麻田さん。

『裸足で逃げる』は「本にしよう、と直感的に思った」

 筑摩書房の柴山浩紀さんが挙げたのは、太田出版に所属していた際に担当した『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(上間陽子著)。柴山さんは、季刊誌「at プラス」の「生活史」特集で責任編集をお願いした社会学者の岸政彦さんを通じて、本の著者である上間さんを知ったそう。

 「『生活史』の特集では、岸さんに書き手の方をご紹介いただいて、テーマに沿った原稿を書いてもらいました。執筆者の一人が上間さんです。いまだに覚えているのですが、執筆者で集まって研究会をしたときに、上間さんがお持ちになった原稿をご自身で朗読されたんです。それを聞いて圧倒されてしまって、その時点で本にしよう、と直感的に思いました」

 難しかったのは「ジャンルのつくり方」。「社会学の手法だけれど、ノンフィクションのような内容。その辺をどう打ち出すのか、タイトルから装丁まで、最終的にいまのかたちに落ち着くまでに、そうとう悩みながらつくった記憶があります」と柴山さんは言う。

 結果的に約2万部というヒット作になった『裸足で逃げる』は、どのように話題をつくったのか。「原稿が良かったというのが一番のベースにありますが、基本的にやれることはなんでもやろうと思いました」と柴山さん。本の特設サイトをつくったり、人文書では珍しくプルーフ(校正刷り)を配ってコメントをもらったり、筆者と書店まわりをしたり、朗読会のような小規模なイベントを開催したり。著者の協力も大きかったという。

元新聞記者の経験を生かして話題づくり

 そして、柏書房の竹田純さんは『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』(山下泰平著)を紹介した。筆者の山下さんが書いた、ほぼ同タイトルのブログ記事がSNS上でバズって(拡散して)いて、面白いと思った竹田さんは、実際に山下さんに会いにいく。

 「舞姫の主人公をモデルにした人物が殴られるという、かなりB級小説のような作品が実在していて、そのあらすじと読みどころを紹介していくというブログ記事でした。紹介されていたのは1作品だけだったので、そのまま本にするのは難しいなと思っていたのですが、筆者の文章が面白かったこともあり、何か話したら出てくるかなと思って。あまり重く考えず、会いにいきました」

 実際に会話をするなかで、この『「舞姫」〜』以外にも話が出てきた。竹田さんは、それらの“粗雑な作品群”をジャンルとして捉えて、書籍化しようと考える。しかし、社内の企画を通すことは大変だったそう。「誰も知らない小説を面白がる本をうちが出せるわけないだろう、と。確かに柏書房は単行本だけで、連載も当時はなかった。話題にならないとそもそも存在を知られないという状況だし、堅い版元なのでジャンル化しないといけなかった」。そこで先輩のアドバイスのもと「文学史」に“擬態”して、企画を通したという。

 『「舞姫」〜』の特徴は、長いタイトル。竹田さんは、平田オリザさんの『十六歳のオリザの未だかつてためしのない勇気が到達した最後の点と、到達しえた極限とを明らかにして、上々の首尾にいたった世界一周自転車旅行の冒険をしるす本』(晩聲社)を例に挙げ、「長いタイトルは話題になりやすい傾向にある。(山下さんの)基のブログが話題になっていたこともあるし、そういうトレンドが重なれば、どこかニュースにしてくれるのではないかという下心があった」と話す。

 もともと読売新聞で記者をしていた経験がある竹田さん。「プレスリリースを出すときに、三つぐらいネタを書いておいたり、何がニュースなのか頭出ししておいたりすると、興味がある記者さんが取り上げてくれやすいと思う」とも語った。

若手編集者たちのSNS活用法

 そのほか、SNSの使い方にも話題が及んだ。

 麻田さんは、令和に改元したときのことを例にあげる。角川ソフィア文庫のツイッターアカウントは、「令和」の出典となった万葉集の該当箇所を他社に先駆けて、いち早くつぶやいたそう。「他社も万葉集の本は出していますが、いち早くつぶやいたことで“出典箇所が載っている、ちゃんとした本”ということを周知できたし、宣伝部と連動して取材対応のリリースを配布できました。社内のみんなの知を結集させて、いい結果に動いた例です」と麻田さんは話す。

 柴山さん流のSNSの使い方は「新刊を話題にあげてくれそうな人」をピックアップすること。「芸能人の方でも、フォロワーの多い方でも、ちゃんとその本を読んで、感想を書いて、反応してくれそうだなという人のあたりをつけておきます。必ずうまくいくわけでもなく、結果はまちまちですが、どうにか取り上げてもらうことを考えています」。ただ「個人的にはまだうまく使えていないという実感があります」とも。

 竹田さんは「SNSは、読む人より書きたい人が多いのかもしれません。まずは読者が何を読みたいのかを、情報源として活用しています。創作の参考になるような内容のツイートが、結果的にバズる傾向にあるでしょう」と話す。「新聞や雑誌の書評と同じチャンネルの中にSNSがある感じ。SNSとパブリシティーと広告の三つを回転させて、話題を大きくしているイメージです」。最近ではnoteで「かしわもち 柏書房のwebマガジン」を始め、会社の「広報誌」的な役割を担うように試行錯誤している。(取材・文・撮影:五月女菜穂)

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