「アール・ブリュット」を知るための厳選3冊 キュレーターおすすめの本
記事:じんぶん堂企画室
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アール・ブリュットとは、フランス人芸術家ジャン・デュビュッフェが1945年頃に考案した言葉で、日本では「生(き)の芸術」と訳されてきました。「専門的な美術の教育を受けていない人による、伝統や流行に影響されない自発的な表現」とされます。
私は、評価されることや鑑賞されることを目的としない孤独な作り手が、自身の奥底に豊かな創作の源泉をもち、伝統や流行の芸術の模倣ではない独創的な創作物を生み出すという、ロマンチックな物語性をもっている言葉だと、考えています。
私自身は、アール・ブリュットを一般名詞というよりは固有名詞として最初に捉えてもらえるとわかりやすいのかなと考えています。普遍的なカテゴリーとして捉えるよりは、まず、デュビュッフェのような先人の発見した新しい美や価値、先人たちの「真の芸術」への美学的、哲学的追求と捉えると、刺激的ですし、この言葉のパワーを今に生かせるのではないかと思います。エミリー・シャンプノワ『アール・ブリュット』(白水社)は、アール・ブリュットの「定義」を、ジャン・デュビュッフェの思考的挑戦を追体験するように、トピックを立てて紹介しているところがおすすめの一冊です。
実はアール・ブリュットに似た領域、言葉は多くあります。たとえば、イギリス人研究者ロジャー・カーディナルが1970年代、アール・ブリュットを英訳した言葉であるアウトサイダー・アート。またナイーブ・アート(素朴派)、セルフトート・アート(独学の芸術)やプリミティブ・アート、フォーク・アートなどの多くの言葉が挙がります。
日本でアール・ブリュットやアウトサイダー・アートというと、知的障がい者や精神障がい者によるアート作品と思われることが多いようです。しかし、それにとどまらないのが、アール・ブリュットやアウトサイダー・アートという言葉です。
清掃員として働きながら幻想的な物語世界を紡いだアメリカのヘンリー・ダーガーや、33年かけて石を積んで巨大な理想宮を作ったフランスのフェルディナン・シュヴァルを、思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
これらの言葉に共通しているのが、いわゆる西洋を中心とした近代的な価値観における「芸術」のメインストリームではない、「そのほか」の場所での創作を言い表す名称だということです。これらの名称や名指しは、逆説的に、構造的な内と外の存在に光をあてます。そのあたりをスリリングに語りながら、作品図版も多く紹介してくれる本としておすすめなのが、デイヴィド・マクラガン『アウトサイダー・アートー芸術のはじまる場所』(青土社)です。
「そのほか」のものたちは、オルタナティブという新たな視点で、いまやいつでも出番がまわってきつつあるように思います。オルタナティブを見つけることは、それまでは在って当然とされているものや、取るに足りないと思われていて、特段取り上げるものでもないような何かの「よさ、魅力」に気づくことで、価値観の刷新を伴います。アール・ブリュットを考えるとき、遠いどこかの話ではなく、もっと身近な出来事や問題と地続きで捉えてもらいたいという気持ちがあります。
この「そのほか」=周縁の芸術の様式や価値を問うた名著として、鶴見俊輔『限界芸術論』(ちくま学芸文庫)を最後におすすめしたいと思います。近代西洋文化での「芸術」の外側にある日本やその大衆的文化をどう考えるのかという問題提起によって、人間の営みにあるさまざまな価値に気づかせてくれます。(構成 岡見理沙)