互いをねぎらい、言葉を受け止め合おう 『精神科医の話の聴き方 10のセオリー』
記事:創元社
記事:創元社
令和最初の冬が暖かかったせいか、この春は桜も早く、そろそろ新緑の季節への移ろいを見せている。多くの人が新年度を迎え、それぞれの毎日に歩き出す一方で、様々なイベントや個人的な予定まで、新型コロナウイルスへの不安と無関係ではいられない。いつもと違った世情からも、多様なストレスが生まれている。
本書は、日々の暮らしの中で生じる悩みや不安に、家族や仲間でどう向き合うか? を主題につづったものであり、いわゆる専門書(の趣)ではない。困ったことや悩みを相談されたとき、誰にも言えなかった機微な思いを打ち明けられたとき、どう聴いたらいいのだろうか。そんな場面における聴き方(傾聴)のセオリーと、日々のストレスや健康問題、また、心の危機対応をも取り上げた実践的な内容だ。
多くの聴き手は、いつも正しいことを求められ、良かれと思い何らかを答え、相手の役に立とうとする。これは当然の姿勢で、無理もない。ただ、気持ちを吐露した側の心に、やさしく深く残るものは、何を答えられたかだけではなく、相手がどう向き合ってくれたか、ということのほうが多いと思う。
ストレス社会と呼ばれて久しい現代には、さまざまな相談ツールやカウンセリング、治療の技法が存在する。簡便で普及したコミュニケーションツール上のやりとりや、多くの人にとって新鮮なセラピーの可能性に関心は集まりがちだ。けれども、言葉は本来、文字面(もじづら)だけではなく、発せられる語意の強さやリズムや緩急の次第によって響きが変わる。すなわち、話し方によって伝わり方が変わる。技法の前に、どんな態度で耳を傾け、どう応えるのかが大切だろう。
そのため、本書では、バーバル(言語)だけでなくノンバーバル(非言語)、ボーカルといった側面にあらためて着眼することを、通奏低音のごとく繰り返している。また、聴き手が理解や示唆を急ぐことよりも、相手を率直に受容することや、対話する関係性を結ぶベクトル(方向と距離)へのまなざしを大切にすることを伝えている。広く多くの人にお読みいただいて、心理療法や医療の世界に限らず、家庭や職場における本来のコミュニケーションの在り方に思いを馳せていただければこの上ない。
先日、新型コロナウイルスに関するテレビ番組に出演した際、視聴者からたくさんの不安が寄せられた。在宅勤務や休校による暮らしの変化や窮屈さ、各種メディアの情報から受ける心配などが目立った。「移りません」「可能性は低いです」などの言葉を専門家側が返すものの、中継先の不安げな顔は、即座に安心したようには見えない。暮らしと家族を守っている人たちの困惑や我慢をねぎらい、あと何度か言葉を受け止め合える機会が重なれば、その不安な日々はきっと報われるだろうと思う。