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人生100年時代の「お金と幸せ」を考える 『人生の教科書[お金としあわせ]』より

記事:筑摩書房

original image:Orlando Florin Rosu / stock.adobe.com
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一つの山を登りながら、次の山の準備をしないと間に合わない

 いま一度、断言したいと思います。

 これからのお金は、「物語」を生み出すことに投じたほうがいいことを。どれだけ「物語」を増殖させ、どれだけ人との絆を豊かにできるのか。これがあなたの「中くらいの幸せ」感を決定します。

 コミュニティに加わり、コミュニティを育て、コミュニティの中で「懐かしがられる人」でいるためにこそ、お金を使いましょう。

 そして、「賑わい(コミュニティ)を買う」の章でも強調したように、複数のコミュニティに足や手を突っ込み、主軸の仕事とは別に、人生を複線的に生きる努力をするといいと思います。

 明治の昔なら、一つの人生で一生を終えることができました。

 一つの価値観、一つのコミュニティでもよかった。それは、一九〇〇年代を生きた日本人にとって、人生が四〇~五〇年だったからです。『坂の上の雲』の主人公である秋山真之は四九歳で、児玉源太郎は五四歳で亡くなっています。夏目漱石も四九歳で死んでいる。平均寿命が四〇代だったのです。

 それがこの一〇〇年で倍に延びた。八〇代、九〇代まで生きることが当たり前になっているわけです。

 そうすると、一つの価値観、一つの人生観、一つの幸福論、一つの会社やコミュニティで一生を終えるのは、至難の業です。

 なぜなら、一本筋を通すには長すぎるし、会社も国も最後までは保障してくれないから。さらに成熟社会に入った現代では、価値観が多様化し、社会が複雑になり、変化が激しいからでもあります。

 人生を山にたとえれば、あなたが今登っているのは一つ目の山でしょうか。それとも、二つ目の山ですか?

 山は登ったら下りていかないといけません。典型例が、会社の定年でしょう。あとは下る一方で何も待っていない。つまり、一つの山にだけ賭けているととても危険だということです。

 ところが、一つ目の山が下りに差しかかったら、すぐに二つ目の山に登れる人がいる。関連会社への天下りではなく、新しいコミュニティ活動への参戦です。そして二つ目の次には、三つ目が現れる。これが連続して連山を成していく。人生が連峰のように築かれていくのです。下ったままおしまい、とはならない。まさに、賞味期限の長い生き方です。

 一つ目の山を下り始めたら、次の山が誰にでも現れるわけではありません。その山には、ちゃんと登るための裾野が必要なのです。どんな山でも、しっかり裾野があるでしょう。三つ目の山も、四つ目の山も、裾野をあらかじめ作っておかないと、山は現れないということ。

 だから、一つ目の山(たぶん、今属している会社や役所)を登りながら、ちゃんと次の山の裾野を作っておかないといけない。組織の山ではなく、新しい「コミュニティの山」を作っておいたほうがいい。

 そうでなければ、一つ目の山がジリ貧になったら、人生が終わってしまいます。

 私自身、義務教育改革の山を登りながらも、左に二つ、右に二つくらい、サブ・コミュニティを走らせてきた。それが、テニスであり、被災地支援であり、収入とは結びつかないデザインの仕事だということは、本文に例示しました。

 コミュニティは、すぐに山になってはくれません。時間がかかります。これが、先にも述べましたが一万時間、おおよそ五年から一〇年だと考えています。本当に心地良いコミュニティにしていくためには、一〇年くらいかけて、地ならししながらコミュニケーションを積み上げる気持ちが大事なのです。

 こういう感覚は、だいたいの女性はすでに持っているのではないかと思います。高齢者でも、女性のほうが生き生きしているのは、この山の乗り換えがうまいから。また、いくつものコミュニティの山が同時に走っているからです。

コミュニティを開拓すればするほど、実は「本業」にも活きてくる

 ちなみに、二つ目の山を作れなかった男性はけっこう悲惨です。

 定年になった途端に、行くところがなくなってしまう。会社の顧問室で囲碁を打つか、図書館で読みたくもない新聞を読むふりをするか、ドーナツ屋やカフェで暇を潰すしかない。そして、妻が営々と育ててきたコミュニティに、落下傘部隊のように乗り換えようとします。これこそ、濡れ落ち葉で最も嫌われるパターン。奥さんからすれば「邪魔なのよね」となってしまう(笑)。

 そうならないためにも、三〇代、四〇代、五〇代からしっかり準備をしておかなければなりません。

 ところが、ここまでアタマで分かっても、男はなかなか始められない。その言い訳は「仕事が忙しいから」「余計なことだから」「興味が持てないから」。

 でも、一つ大事な話をしておきましょう。コミュニティを作れば作るほど、実は本業に返ってくるのです。仕事上の「人脈」なんぞよりも、はるかに豊かに、です。

 実際、仕事とはまったく関係のないコミュニティが思わぬところでつながって、仕事にメリットが出ることは珍しいことではありません。なぜなら、そこでは「型」を超えた濃密なコミュニケーションが生まれるからです。

 すべての仕事はコミュニケーションから生まれます。いっぽうで、コミュニティほど濃密なコミュニケーションが生まれる場はありません。それこそ「レア」な場なのです。「レア」な場から生まれた仕事は会社でも高く評価されるでしょう。他の人には真似できませんから。

 だから、コミュニティは、「レアな仕事人」を鍛えてくれる場でもあるのです。

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