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シリーズ日常術『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』  何かを作りたいと思ったら、あなたはいつでもメディアになれる

記事:晶文社

『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』
『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』

作らずにはいられない、小さなメディア

 「ジンのオンラインショップと、あとパーティみたいなやつもやっているんです」。そう言ったあとに訪れる一瞬の間。はたして私の意味するところはちゃんと伝わっているだろうか? もし、きょとんとした表情を浮かべているようなら、急いで説明をつけ加える。「ええと、お酒のジンじゃなくて、自主制作の冊子とか」

 「ZINE」は英語で、「個人または少人数の有志が非営利で発行する、自主的な出版物」のことだ。発音はカタカナで書くと「ジン」または「ズィン」、あるいは「ジーン」が近いだろうか。ひとまずこの本では「ジン」と表記しようと思う。

 近年では、ただ単純に「雑誌のようなもの」を意味する言葉として、あるいはおそらくストリートカルチャーっぽい雰囲気を取り入れようという狙いで、企業や著名人が販促物や自分らのメディアの名称に「ジン」を用いているのをちょくちょく見かける。高名なアーティストによる限定数の高価な冊子が「ジン」として販売されているケースもある。しかし、私がこれまで関心を寄せてきたジンは、そういうのとは違う。大きな資本力もコネも持たない個人が、誰にも頼まれていないけれど作らずにはいられなくて作ってきた、「小さなメディア」としてのジンだ。

 出版社が発行し、取次業者を経由して全国の新刊書店の店頭に並ぶというのが、現在の日本で一般的な商業出版のシステムだ。その外側に存在する自主的な出版活動は、ミニコミ、同人誌、リトルプレス、フリーペーパーなど、さまざまな呼び名で活発におこなわれており、それぞれに特徴的なスタイルやお作法のようなもの、つまり独自の文化が育まれてきた。英語の世界でも、チャップブック、パンフレット、フライヤー、ミニコミック、アーティストブック、スモールプレス、インディペンデントマガジンなど、自主的な小出版にはいろいろなかたちがあり、それぞれジンと一部が重なったり重ならなかったりする。

 これらはどれも「出したいから出す」という出発点において共通している。その中で、自分が特に「ジン」を掲げて動いてきたのは、そこに受け継がれてきたDIY(Do It Yourself――ドゥ・イット・ユアセルフ)の精神と、気軽で開かれた感じに、豊かな表現とコミュニケーションの可能性を見ているからだ。

まだ何者でもない人々が共有するプラットフォーム

 ここで「ジン」という名称がどのように生まれ、広まってきたのかを簡単に説明しておこう。それは情報技術の進化に伴う出版の民主化・個人化を反映した、20世紀生まれの言葉だ。

 まず、16世紀後半、アラビア語で「倉庫」を意味する言葉がヨーロッパに伝わり、貯蔵庫や商店を「magasin(仏)」「magazzino(伊)」と呼ぶようになった。「さまざまなものが集積されている場所」ということなのだろう。17世紀には特定の集団に向けた情報が集まっている本をそう呼ぶようになり、18世紀になると定期刊行される雑誌として、英語の「magazine」が誕生したと伝えられている。

 社会が豊かになるにつれ、本や雑誌を楽しむことのできる人口が増えていく。エジソンがミメオグラフ(謄写版印刷)を発明したのが19世紀後半だ。そうして出版が産業として成立し、職業化していく一方で、何かのファンダム(ファン集団)を形成するアマチュアやセミプロが作るファン・マガジン、略して「ファンジン(fanzine)」が生まれた。最初期のファンジンの例としてよく挙げられるものに、アメリカはシカゴのSF(サイエンス・フィクション)同好会が1930年に創刊した『The Comet』がある。

 70年代後半からは、音楽・アート・ファッションその他さまざまな領域において既存の価値観を揺さぶるパンクのサブカルチャーが興隆し、その発展にファンジンが貢献した。そこからさらに「何かのファン」を含みつつ、それだけには限定しない「ジン(zine)」の文化が発展してゆく。これはコピー機などの簡易印刷技術の普及により、よりニッチかつ雑多でジャンル分け不可能な内容――たとえば極めて個人的な日記とか――を、個人でも出版しやすくなったことを反映しているものと思われる。

 そうしてジンは、権威や商業的な要請から距離を置き、まだ何者でもない市井の人々が自由に意見を交換し表現する場となった。何万部も印刷される雑誌や書籍、それ以上に多くの人の目に触れる可能性のある新聞・テレビなどにスペースを確保するのは難しいけれど、いますぐ何かを伝えたい、あるいはただ単純に何かを作りたい人々が、好きなように作り共有してきた、オルタナティヴカルチャーを育むプラットフォームだ。北米においてそうしたジンの存在感が最も大きくなったのは80 年代末から90年代、インターネットが人々の日常生活に浸透する直前の時期だろう。90年代初頭にオリンピアとワシントンDCから世界各地に広がったライオット・ガール(パンクとフェミニズムが結びついた運動)は、ジンがその発展に大きな役割を担ったムーブメントとして認知されている。

 また、ジンの起源として、19世紀以前から政治・社会運動の場でやりとりされていたパンフレットやスクラップブックなどを重視する論者もいる。第一次大戦後に花開いたダダなどのさまざまな芸術・文芸運動、50年代のビート詩人たち、60年代のアンダーグラウンド・プレス等との連続性を見ることもできるし、もちろん日記や文通の文化とも深い関係があるのは間違いない。

 ちなみに、ジンを作ったり読んだりの活動をしている人のことを「zinester(ジンスタ)」という。勘違いしている人も多いが、お星様の「star」ではない。軽蔑的なニュアンスを伴って「〜する人」を示す接尾語「ster」が「zine」についたものだ。たとえば「gangster」(ギャングスタ)などと同じで、当事者が蔑称を逆手に取って誇りとするカウンターカルチャーの流儀である。

(『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』より抜粋)

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