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「わかりやすい」スローガンで逃げ続け、思考停止する東京五輪 武田砂鉄さん寄稿

大雑把でわかりやすい言葉を発し続ける

 本来なら今月24日に開会するはずだった東京オリンピック・パラリンピック(以下、東京五輪)は、ひとまず来年夏に延期された。無事に開催できると思っている人が周囲に誰一人として見当たらないのだが、開催できると信じているわずかな人が、中枢に集結しているようにも見える。

 私たちは、招致段階から現在に至るまで、とにかく長い間、東京五輪関連の空疎なスローガンやスピーチに付き合わされてきた。その言葉を聞いて、なんだそれ、おかしいだろ、と物申す。すると、そういうつもりで言ったわけじゃないですし、いちいち文句を言うんじゃなくて、せっかくの機会だから一緒に参加しませんか、という笑顔の圧をかけてくる。

 止めるタイミングを見失った東京五輪の現状を眺めていると、「わかりやすさ」というキーワードが思い浮かぶ。この社会は、とにかく、大雑把でわかりやすい言葉を欲する。言葉で多くの人を釣ろうとする。今回の東京五輪は、そのスローガンの提示に繰り返し失敗し、国民世論を五輪に結びつけることができなかった。

味付けの濃い4つのスローガン

 次々とスローガンを投じ、同じミスを繰り返す。何度も「わかりやすいメッセージ」で揉み消そうとする。以下に代表的な4つを並べてみたい。

【1:招致のスローガン】(2012年)
→「今、ニッポンにはこの夢の力が必要だ。」

【2:IOC総会での安倍首相のスピーチ】(2013年)
→「Some may have concerns about Fukushima. Let me assure you,the situation is under control.」(フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています)

【3:JOC「がんばれ!ニッポン!全員団結プロジェクト」】(2019年)
→「心をひとつに、全員団結! さあ、いくぞ。がんばれ!ニッポン!」

【4:開催延期決定後の安倍首相の会見】(2020年)
→「人類が打ち勝った証として来年の東京五輪を完全な形で開催する決意だ」

 時系列で並べた。この4つに共通することはなんだろう。「わかりやすい」メッセージに、一見、大きな意味があると思わせておいて、そこに具体性や有効性があるかといえば、まったくないという点だ。夢、アンダーコントロール、団結、打ち勝つ、といった、力強さというか味付けの濃さを強制的に感知させられるメッセージなので、疑ってかかるにしても、ひとまず、その高熱を冷やさなければならない。だが、無闇に熱いことを売りにしているので、落ち着いて冷静になることを拒む。松岡修造から熱血を引いたら松岡修造ではなくなるわけだが、国家プロジェクトから熱量を引いたら議論できない状態って、一体どういう状態なのだろう。

「夢」の連呼で隠されるもの

 問題だらけの東京五輪をここまで引っ張ってきたのは、「わかりやすい」スローガンと、そのわかりやすさに頼り、問題点を詳しく検証することを怠り、気合いや気持ちを優先させる姿勢である。つまり、「わかりやすさ」×「気合い・気持ち」が、空疎な東京五輪を走らせてきた。

 先の4つの「わかりやすさ」を細かく見ていこう。

1:今、ニッポンにはこの夢の力が必要だ

 東日本大震災で傷ついた日本が復興したことを証明するためには東京五輪が必要である、とする、不可思議なスローガン。ニッポンに必要なのは、復興のための予算や人力であり、地震や豪雨災害といった天災に見舞われてしまう災害列島へのケアである。「夢の力」を否定することは難しい。なぜって、そこには、否定できるほどの実態がないからである。無駄な高層ビルを建てているならば、こんなことより防波堤を作れ、と言える。でも、「夢」に対しては言えない。その特質をわかったうえで言っているのである。

2:(フクシマについて)状況は、統御されています

 この「アンダーコントロール」発言は、安倍首相がついた数々のウソの中でも最大級のものだろう。この演説から7年、汚染水の処理のめどすら立っていない。昨年、台風が東北地方を直撃すると、フレコンバックから汚染土が流れ出した。この演説に先駆けて行われた東京招致委員会の竹田恒和理事長(当時)の記者会見では、福島原発から流れ出る汚染水についての質問が海外記者から集中した。そこで竹田がなんと答えたかといえば、「福島と東京は250キロ離れている」である。洪水になるのは川沿いだけなんで、ここら辺は安全ですよ、と言い切るようなもの。福島を切り捨てる言動が、「夢」の連呼で隠されたのだ。

3:心をひとつに、全員団結!

 正直、東京五輪への機運は高まっていない。みんな、それどころではない。それどころではないのに、強いメッセージを繰り返してきた。冷淡な言い方をすれば、オリンピックは、多くのスポーツ選手がそのスポーツをやる上で最も大切にしている大会にすぎないのだから、大会会場となった国で暮らしているからといって、団結を強いられるものではない。それなのに、「ひとつ」「全員」というスローガンが、個々人に向けて易々とぶつけられる。

4:人類が打ち勝った証

 これについてはもう、明確に虚言と言える。現時点で、新型コロナウイルスを完全に消せると断言できる人はいない。でも、安倍首相は1年後、打ち勝った証として五輪を開催するのだと繰り返す。京都大学の山中伸弥教授が、新型コロナとの戦いについて、「短距離走ではなく、1年は続く可能性のある長いマラソン」(3月22日・朝日新聞)と述べている。専門家が少なくとも「1年は」としているのに、首相は「すごく早ければ、年末ぐらいには接種できるようになるかもしれない」と述べた。かもしれない、だそう。かもしれない、なのに、来年やると断言しているのだ。

「わかりやすさ」×「気合い・気持ち」に騙されるな

 今、提示された選択肢から、自分に合うものを選ぶ、という場面がとにかく増えてきている。考えないと、考えなんて浮かばないはずなのだが、これに慣らされると、思考の幅が気づかぬうちに狭くなっていく。東京五輪にまつわる、誤魔化すためのスローガンをまとめてみると、「わかりやすさ」で思考を停止させる、という共通項が浮かび上がってきた。「はっきりと言っている」と「具体的な意味があるわけではない」って、真逆のようでいて、両立してしまうのである。

 新著『わかりやすさの罪』では、目先に提示されたスローガンや手短な説明文で理解した気にならないために、自分で考えるとはどういうことなのかをしつこく考察してみた。雰囲気や空気を作り上げるためには、あれこれを曖昧にしておくのが重要になるが、このところの雰囲気作りのトレンドは「ひとまず、わかりやすいことを言ってみる。気合いはある。ただし、その後の説明はしない」だ。

 私たちはいつまで、「わかりやすさ」×「気合い・気持ち」に騙されるのだろうか。そんな安っぽい掛け算で、東京五輪を本当にやりきってしまうのだろうか。