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美しい石の収集をめぐって――『鉱物語り』『鉱物コレクターズ・マニュアル』『ルースコレクターズ・マニュアル』

記事:創元社

鉱物を通して人を知る

 美術作品、切手、稀少本、自動車、骨董、キャラクターグッズ……、世の中にはさまざまなコレクションが存在するが、自然物の収集は特に歴史が長い。古代においては自然科学そのものと同義であった博物学においては、自然物の収集と同定、分類が基本作業となるからだ。博物学はアマチュア趣味と切っても切れない学問でもあり、現在も各分野で多くのアマチュアが新種発見や学術研究に貢献している。

 なかでも鉱物と宝石は、工業資源や装飾品などに古くから用いられ、実用と趣味の両面で人々の関心を引きつけ続けている。そのため、学術研究としても趣味としても、古くから収集の対象だったのである。

 そうした側面を踏まえて、人類の歴史から日常生活にいたるまで、幅広いテーマから「人と鉱物・宝石のかかわり」についてまとめたのが『鉱物(いし)語り―—エピソードで読むきれいな石の本』である。

『鉱物語り』(藤浦淳・著)書影
『鉱物語り』(藤浦淳・著)書影

 著者の藤浦淳氏は子どもの頃にガーネットに魅せられて以来ずっと鉱物を集め続けてきたコレクターだが、長じて新聞記者となった彼のもとには、鉱物にまつわる歴史や伝説、文学作品の情報も集まってきていた。

 本書は、新聞紙上で連載していた藤浦氏の鉱物コラムをほぼ書き下ろしと言ってよいほど大幅に増補改訂したものである。鉱物の研究史から、科学技術における役割、各国の社会や文化にどのように受容されてきたのかなど、鉱物を通して人間の営みをかえりみることができる。いっぽうで、著者自身の鉱物採集でのエピソードなど、鉱物が好きでたまらないコレクターの生き生きとした趣味活動の一端も伺える。

ディープな鉱物・宝石の世界への誘い

 藤浦氏のように自らフィールドに出て採集をする鉱物コレクターも少なくないが、鉱物採集向きの場所は往々にして私有地や危険な場所も多い。また、日本国内では採集できる鉱物も大きさも限られている。鉱物収集・鑑賞の趣味がより一般化したこともあり、近年は多くのコレクターが、コレクションを増やすために鉱物を取り扱うショップもしくはミネラルショーと呼ばれる展示即売会に足を運んだり、インターネット通販を利用している。

 しかし、一般化したといってもそこは趣味の世界。初心者にとっては、一歩を踏み出すのに勇気のいる「知る人ぞ知る」業界であることに変わりはない。パワーストーンやすでにアクセサリーに加工された宝石を扱う店は思い当たっても、原石鉱物やルース(研磨を施されただけの裸石)はどこで手に入れればいいのか、何に気をつけて買えばいいのかといったことを知ろうと思うと、検索しても案外こま切れの情報しか見つからないものである。

 鉱物や宝石そのものを紹介する図鑑は数あれど、コレクターになるための入門書というのは意外なほどない、ということで企画されたのが『マンガでわかる鉱物コレクターズ・マニュアル』と『宝石を楽しむルースコレクターズ・マニュアル』である。

『マンガでわかる鉱物コレクターズ・マニュアル』(いけやま。著)、『宝石を楽しむルースコレクターズ・マニュアル』(なかがわ著)書影
『マンガでわかる鉱物コレクターズ・マニュアル』(いけやま。著)、『宝石を楽しむルースコレクターズ・マニュアル』(なかがわ著)書影

 いずれも10年以上のキャリアをもつコレクターによる筆で、前者はおもに無加工の原石鉱物、後者はおもに研磨加工を加えたルースのコレクター初心者向けに書かれたものである。

 しかし双方を担当した編集者としては、その種別はあまり重要ではない。あえて両者を並べて紹介するとすれば、『鉱物〜』は鉱物・宝石コレクションの「純粋なおもしろさ」を伝える本であり、『ルース〜』は「コレクターとしての指標を立てよう」と提案する本だと感じている。そしていずれも、資産価値が出るような高級品ではなく、日々こつこつ働いて貯めたお小遣いで買い集めるような、庶民の趣味としてのコレクションを想定している。

価値判断における「コレクター哲学」

 鉱物・宝石業界について全く知らないという人には、まず『鉱物〜』で、鉱物趣味の世界の概要をつかむことをおすすめする。マンガ形式で読みやすいうえ、著者のいけやま。氏が駆け出しコレクターのときに犯した失敗の数々をおもしろおかしく披瀝したエッセイ要素も強く、「鉱物ジャンルはこういうのが“あるある”なのか」ということを楽しく知ることができる。

 これを読んでおけば、鉱物と一緒についてくる邪魔(?)な紙切れ「ラベル」を捨てて後から泣く心配はないだろう。しかし、ミネラルショーを回っていて後で買おうと思った石が戻ったらもうなかっただとか、買った後にもっとお得な石を見つけただとか、たくさん軍資金を持ってきたのに何度もATMダッシュすることになるといった「あるある」は、知ってはいても避けられないかもしれない。

 特に原石鉱物は、2つとして同じものがない。そこで手に入れなければ二度と出会えないかもしれない。しかし、予算は限られている。家の収納スペースも限られている。このあと更に運命的な鉱物が現れるかもしれない……。To get or not to get、そうした瞬間的な判断を求められるところも、鉱物コレクションの醍醐味といえよう。

 『ルース〜』では、原石鉱物のとき以上に、購入時のルースの価値判断に重きをおいている。それは、ルースは研磨という形で人の手が加わることにより、クオリティの良し悪しが原石鉱物よりも明確になるからだ。たとえばクラック(ひび割れ)やインクルージョン(含有物)は見方によってはその石の個性であり魅力であるが、一般的な基準でいえばクオリティを下げる要素とされている。趣味のコレクションなのだから、最終的には個人の好みで気に入ったものを入手すればよいのだが、それに対していくら払うのか、商品の欠点をどう説明している業者から買うのか、などの見極めは必要であろう。

 同じ鉱物・ルースのコレクターとはいっても、コレクションの仕方は十人十色である。だからこそ長く収集を続けるならば、原石かルースかにかかわらず、一般的な価値判断の基準を学び、それに対して自分なりの購入基準や収集方針を確立する必要がでてくる。本書は読者にとって、単なるノウハウ本でなく、コレクションにおける一般と個人の価値観について考える契機にもなるだろう。

 『ルースコレクターズ・マニュアル』著者のなかがわ氏は、本書の“裏”参考書として、ニーチェの『道徳の系譜』やプルデューの『ディスタンクシオン』を挙げている。自身のルースに対する考えをまとめるうえで参考になったという。非常に実用的なノウハウを集めた入門書ではあるが、おのれの「価値観」が問われる世界だからこそ、それについて本質的に語ろうとすると、根底に哲学や美学、歴史学、人類学などの人文科学的素養が求められるのだろう。

 今回紹介した鉱物・ルースコレクターによる3つの書籍は、いずれもジャンルとしてはエッセイや実用書である。しかし人々が石に惹かれ続けてきた歴史や、一般と個人の価値観をすり合わせながら選別し収集するという行為に着目すると、非常に人間的な思考や営みが見えてくるのである。

(創元社編集局 小野紗也香)

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