猫好き必読! 漱石、谷崎、百閒……猫づくしアンソロジー『作家と猫』
記事:平凡社
記事:平凡社
作家が執筆に苦心する傍らで、一匹の猫が日を浴びながら丸まっている――。「作家と猫」という言葉を聞くと、そんな光景が思い浮かびます。
どんな大作家でも、猫たちの思いもよらない行動に振り回されてしまうことはしばしば。何匹もの猫と暮らしていたことで有名な大佛次郎は、家の障子を猫たちに破られ、「猫がいる故に、私は冬を迎えて寒い思いをしている。(中略)家の中を人間が安らかに住むように考えるのではない。猫の都合で決まるのである」と嘆き、串田孫一は猫にむかって「自分で戸をあけてここへ入って来たんだろう? そうしたら忘れずに閉めるんだよ」と猫撫声で語りかけます。
開高健いわく、猫とは「気ままに人の愛情をほしいだけ盗み、味わいおわるとプイとそっぽ向いてふりかえりもしない。爪の先まで野生である」生き物であり、また伊丹十三によれば「猫の自尊心というのは怕(おそ)るべきものがあると思う。とても人間の家来などというものではありません」。猫とともに暮らすには、猫のルールをよくよく理解し、人間が譲歩しなければならないのです。
本書では、「猫、この不可思議な生き物」「猫ほど見惚れるものはない」「いっしょに暮らす日々」「猫への反省文」「猫がいない!」「猫的生き方のススメ」の5つの章立てで、作家と猫との悲喜こもごものエピソードを紹介しています。
「いっしょに暮らす日々」の章で紹介している武田百合子『富士日記』では、ヘビをくわえて帰ってきた猫「タマ」を前に、その様子が「ダリのようだ」と面白がる武田百合子と、動揺するとうちゃん(夫・作家の武田泰淳)のリアクションの差が笑いを誘います。
「あ、タマ。蛇をくわえてきた。とうちゃん、見てごらん。タマの顔はダリにそっくり」。主人は私の声を聞くなり仕事部屋に入り、乱暴に音をたてて襖を閉めきる。タマは仕事部屋の前にきちんと坐って蛇をくわえたまま待っている。蛇をくわえているから鳴いてしらせるわけにはゆかない。みせたいから開けてくれるまで黙って坐っている。「いいか。タマを入れちゃいかんぞ。絶対に開けるな。俺はイヤだからな。タマをどこかへつれてけ。蛇は遠くに棄ててこいよ」。主人は中から、急に元気のなくなった震え声で言う。(本書p.116-117 武田百合子『富士日記』より)
笑いと喜びに満ちた猫との日々も、いつかはお別れの日が来ます。「猫がいない!」の章で紹介する、内田百閒が愛猫「ノラ」の失踪後、ノラに帰ってきてほしい一心でつくった「迷い猫の広告」の写真や、岡倉天心がアメリカに残した猫「孤雲」に宛てた手紙。また吉本隆明が愛猫「フランシス子」の死のあとに綴った言葉は、作家たちの猫への想いがじわりと胸に響きます。
思い出すといっても、思い出すのは目とか、瞬間的な動きとか、そういう断片的なことだけで、そんなものは思い出すともいえない。
でもどの猫を見ても、あの猫と似たところはないな、あの猫と似た猫は見つけられないなって。
忘れがたいなあ、って思いが強い。
この忘れがたさっていうのはわりあいに長く続く気がします。
あれよりもっとりこうな猫はいくらでもいるけど、あいつに似た猫はどこにもいない
(本書p.244-245 吉本隆明「一匹の猫が死ぬこと/自分の『うつし』がそこにいる」より)
いずれも猫とともに暮らす日々のかけがえのなさを、あらためて思い起こさせてくれる作品ばかり。笑いあり、涙ありの全49篇をぜひお楽しみください。
「作家と猫たちの関係についてもっと知りたい!」と思った方には、作家と猫たちのスナップショットを多数収録したビジュアルブック『作家の猫』 『作家の猫2』(コロナ・ブックス、平凡社)もオススメ。発売以来、猫好きに根強い人気を誇るロングセラー、本書とあわせてぜひどうぞ。
文/野﨑真鳥(平凡社編集部)
Ⅰ 猫、この不可思議な生き物
猫の定義と語源
佐野洋子 『猫ばっか』より二編
串田孫一 猫
日髙敏隆 ネコとドア
手塚治虫 「動物つれづれ草」より「ネコ」
室生犀星 ネコのうた
まど・みちお ネコ
和田誠 桃代
岩合光昭 ネコの時間割/かわいいのに撮れない
出久根達郎 猫の犬
Ⅱ 猫ほど見惚れるものはない
向田邦子 マハシャイ・マミオ殿
寺山修司 猫の辞典
尾辻克彦 黒猫が来た
開高健 猫と小説家と人間
萩原朔太郎 青猫
伊丹十三 わが思い出の猫猫
洲之内徹 長谷川潾二郎「猫」
中島らも 『中島らものもっと明るい悩み相談室』より 妻とオス猫への嫉妬で狂いそう
松田青子 選ばれし者になりたい
近藤聡乃 猫はかわいい
Ⅲ いっしょに暮らす日々
武田百合子 『富士日記』より
金井美恵子 猫と暮らす12の苦労
石牟礼道子 愛猫ノンノとの縁
大佛次郎 暴王ネコ
永六輔 猫と結婚して
南伸坊 わたしがやってんですよ
いがらしみきお 猫よ猫よ猫よ
小松左京 猫の喧嘩
小沢昭一 老猫・ボロ猫・愛猫記
春日武彦 猫・勾玉
工藤久代 野良猫と老人たち
やまだ紫 山吹
Ⅳ 猫への反省文
幸田文 小猫
石井桃子 愛情の重さ
梅崎春生 猫のことなど
石垣りん 白い猫
室生朝子 優雅なカメチョロ
Ⅴ 猫がいない!
内田百閒 迷い猫の広告
石田孫太郎 猫の帰らぬ時の心得
岡倉天心/大岡信 訳 親愛なるコーちゃん
武田花 雲
三谷幸喜 「おっしー」を抱いて……/最期に見せた「奇跡」
井坂洋子 黒猫のひたい
吉本隆明 一匹の猫が死ぬこと/自分の「うつし」がそこにいる
夏目漱石 猫の死亡通知
Ⅵ 猫的生き方のススメ
田村隆一 カイロの猫
水木しげる 猫の道
養老孟司 猫派と犬派の違いについて
谷崎潤一郎 客ぎらい
平岩米吉 絵画にあらわれた日本猫の尾についての一考察
※電子書籍版と通常書籍版では、収録内容が一部異なります。