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ノマドの源流、自由と生きている実感 映画『ノマドランド』の原作ルポ『ノマド』(下)

記事:春秋社

『ウォールデン』から『怒りの葡萄』そしてヒッピー

 この車上生活を推奨する既述のボブ・ウエルズ、そこで共に名前が挙がるのがソロー、スタインベックなどの小説家。アメリカ文学史上では名前が必ず登場する大御所たち。だからご存知の方も多いと思うが、当然、ノマドにも関係が深いから改めて紹介しておく。

 ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(1817-62)の代表作は『ウォールデン:森の生活』(1854)。彼が引き合いに出されるのは、彼がウォールデン池の畔の小屋に「最小限」の支度で2年2か月暮らし、その生活を記したのがこの書だから。敬愛するラルフ・ウオルドー・エマソン(1803-82)の超絶主義の思想の「自然に入り解放される」という実践と、当時の物質主義に反発し「シンプル・ライフ」を提唱して人間性を回復しようとした。この書は1950年代の政治的に洗脳された物質主義や競争社会に反発して起きた1960年代の「対抗文化」の中で、コミューンを作り自給自足して暮らしたヒッピーたちのバイブルにもなった。

 高齢労働者ノマドたちの世代がヒッピー世代に近い点も実は興味深い。それはボブが主催する集会「ラバートランプ集会(RTR: Rubber Tramp Rendezvous)」にも、まさにヒッピーカルチャーやスピリットがあるような気がする。集会は「車上生活者の相互扶助の集まり」で、「生き残るためのセミナー」、「自分がボランティアで提供できる技術やモノは分け合い」、「合同食事会」さえもある。「集まった人たちの仲の良さ」、「誰もが人生の落伍者でないというプライドを持っている」とブルーダーは感じ解説している。また自分たちのことを仲間意識を以って「トライブ(tribe)」と 称しているのも評者には1960年代のヒッピーやウッドストックフェスティバルを思い出させるもの。ボブはCheapRVlivingという多くのフォロワーがいる動画サイトをSNSで開設しており、本人やノマドたちも登場し、これまでのRTRの様子もあるので、関心のある読者は検索して見られたらよいと思う(現在はコロナ禍のパンデミックで集会は中止。ネット配信に切り替えている)。

 さて、一方、『怒りの葡萄』(1939)の方はジョン・スタインベック(1902-68)の代表作。スタインベックは1930年代という大恐慌の時代、苦悩する労働者の立場から主に執筆していて、この作品も不況時代を背景にオクラホマ出身のジョード一家が砂嵐で農地を追われ、新天地としてカリフォルニアを目指すも、仕事を求めて転々とする家族の苦難を描いた映画化もされた作品だ。スタインベックの季節労働者を描く名作には「二十日鼠と人間」(1937)がある。ソローはミニマリストと人間回復、スタインベックは季節労働と、明らかにノマドと関係がある。

ノマドたちの実態

 『ノマド』はノンフィクションだからノマドたちに迫る形でレポートがされる。冒頭から登場するリンダ・メイ64歳は、国立森林公園に夏季限定のキャンプ場スタッフとして自給9ドル35セントで雇われ現地に向かう。彼女も「キャンピングカーやトレーラーハウスに移り住み、その時々に気候の良い場所から場所へ移動しながら、季節労働でガソリン代を稼いでいる、このトライブのひとりだ」とある。重労働で手にする賃金は、本書によると駐車料金や生活費、車のメンテナンスを払うと後には、蓄えはできない額だという。

 ブルーダーは「かつての中流階級が不可能な選択を迫られた結果、“ふつうの暮らし”に背を向けて立ち去りつつあるのだ」と解説する。彼らが出したこの答えは、生活費中で最大の出費である通常の「家」を放棄せざるを得なくなった結果。だが伝統的な「家」に住むことをやめただけで、路上を住みかにする訳ではないから「ホームレス」ではなく「ハウスレス」。避難所と移動手段の両方を兼ね備えた「車」に代えただけだという。ちなみにリンダ・メイ本人も映画化された『ノマドランド』では本物のノマドのひとりとして登場している。

アマゾン・コムのキャンパーフォース

 「キャンパーフォース」とはアマゾン・コムが季節労働者(フルタイムもある)として雇うために作ったシステム。ノマドたちの季節労働には国立公園のレンジャーや海岸の清掃をはじめ様々な種類に及ぶが、われわれにも馴染み深いアマゾン倉庫が多数のノマドを一時採用しているのには評者も読んで驚いた。一時的な大量採用の時期は言うまでもなく、クリスマス時期と聞けば、なるほどと理解できる。また高齢労働者もアマゾンでは多く雇用されるとあるが、その長時間勤務と重労働にも驚かされる。ぜひ本書で読んでもらいたい。

 「アマゾンが若い人よりも高齢者を歓迎する理由」をワーキャンパーやキャンパーフォースの責任者から聞き出しブルーダーが書いているので、少々、紹介しておく。それは彼らが「福利厚生や社会保険を要求しない」、それどころか、「短期の仕事を与えてくれるアマゾンをありがたく思っている」点にあるという。「高齢者は信頼できる。高齢者は、いったんやりだしたことにはベストを尽くすから。どうしてもっていうとき以外、休みもとらないしね」とキャンパーフォースの責任者のことばを引用し「八〇代のメンバーのなかには、目をみはるような働きをしてくれる人が何人もいます」と続ける。それまでの人生で培った仕事の経験を持ち込んでくれること。だが何より印象的なのは、ブルーダーが取材を終えてニューヨークの自身のアパートに戻ると息苦しくなり、ノマドと過ごし解放された車上生活に戻りたくなると書いている点だ。

そして映画『ノマドランド』(Nomadland,2020)

 このジェシカ・ブルーダーの著書をもとに製作されたのが映画『ノマドランド』だ。監督脚本を手掛けたのがクロエ・ジャオ。これまで「ライダー」(2017)発表以来、評価が高く、今後、新作が次々と公開が決まっている世界で注目されている人気監督。『ノマドランド』も2021年3月初旬時点で、ベネチア国際映画祭金獅子賞、トロント国際映画祭観客賞を受賞。またゴールデングローブ賞ではドラマ部門で作品賞と監督賞を受賞した。

 主演はフランシス・マクドーマンド。「ミシシッピー・バーニング」(1989)や「ファーゴ」(1996)「スリー・ビルボード」(2017)などでアカデミー賞では、助演、主演女優賞やそのほかこれまで数々の賞を受賞してきたオスカー女優だ(当然ノミネートも多い)。見終わった後に残るのは、ノマドになった経緯はさておき、結局、アメリカ人の持つ「移動性・流動性」と「大自然への回帰」、集まることで「相互扶助と同時にセルフヘルプの精神」を再認識し、「自由」と引き換えに「リスクを背負う」ことで「生きている実感」を得ている様子だ。

2020年以降コロナ禍の「ノマド」たち

 この書を読んですぐに今、感じるのは、このコロナ禍で、「ノマド」たちはどうしているかだ。ロックダウンでキャンプ場や海岸の仕事はなくなりイベントも中止。ボブによると「政府は国民に定住してほしくて規制を強化し続けている」と言う。1930年代に流行しかけたトレーラーハウスが中流階級の道徳を脅かすという発想と、税収不足のアメリカで彼らが責任逃れなどと非難されてきたからだ。コロナ禍で適応が2021年10月まで延長されたが、実際の居住地が要求される「リアルID法」による運転免許証が必要になることも彼らの今後には不安材料だとある。

 しかしノマドたちは確信しているのだ。――「自分が車を停める場所こそ、アメリカ最後の自由の土地だと」。

※関連記事:車で放浪し季節労働をするノマドの生き方 映画『ノマドランド』の原作ルポ『ノマド』(上)

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