車で放浪し季節労働をするノマドの生き方 映画『ノマドランド』の原作ルポ『ノマド』(上)
記事:春秋社
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「ノマドとは常時、路上を移動しながら生活する人々のこと。その多くはとどまるところを知らぬ家賃の高騰と頑として上がらない賃金という経済的矛盾から脱出しようともがく人々だ」。著者のブルーダーはノマドたちをそう定義する。彼女が彼らに関わるきっかけとなったのは、アメリカに広がりつつあるこのサブカルチャー「ノマド」の雑誌記事執筆のための取材からだった。『ノマド:漂流する高齢労働者たち』は2017年にアメリカで出版され、その翻訳として翌2018年に本書が刊行された。本文347ページ、かなりボリュームある大作だが、衝撃的なノンフィクション、さっと興味深く読み終えられる感じ。さすがの話題作、2020年にはアメリカで『ノマドランド』として映画化、日本でも2021年3月26日より公開中である。
「ノマド(nomad)」とは元来「遊牧民」の意味で「放浪者」としても使われることば。だが本書で取り上げられる現代アメリカのノマドは、馬ではなく車で移動し、宿泊もゲルのようなテントでなく車だ。一般的に流布しているパソコンを携帯しWi-Fi環境のある場所で、オフィスも構えず、カフェなどの場所を移動しながら働く「ノマドワーカー」とは異なる。ボーダレスなネット時代で自由に動き回るノマドが注目されることが多いが、本書で扱われるのはそんな優雅とも思えるノマドではなく、アメリカン・ドリームとは対極にいる人たちだ。
衝撃的なのは悠々自適に過ごせるはずだったリタイア組が、仕事を求めて車上生活をしているアメリカの現実があること。もらえる年金の額では住宅ローンや家賃が払えず、住み家を車に代えたのだ。その背景は様々で、サブプライムローンやリーマンショックも挙げられる。しかしそんな生活を決めた中には若者もいる。今回機会あって目を通した『車輪付きのウォールデン:路上に出て借金から解放される』(2013)の著者ケン・イルグナスがヴァンで生活し始めたのは、学生ローンの返済で困ったからだ。少し前に我が国でも老後には年金に加え2000万円必要と話題になったが、このアメリカのレポート、日本の将来をも映し出しているのか。
本書で登場するノマドたちは「ワーキャンパー」(ワークとキャンパーを合わせた造語)とも称される人たち。彼らは季節労働者として一定期間のみ雇われて働き、転々と働く場所を変える。寝るのはRVパークと呼ばれるキャンピングカー停泊所に駐車する自分の車。家賃の要らない車を住まいに、仕事を求めて移動しながら生活をすることに決めたのだ。その理由をブルーダーは解説する。「私が出会ったノマドの多くは、勝てる見込みのない出来レースに時間を費やしすぎたと感じて、システムの裏をかく方法を見つけ出していた。伝統的な“ふつう”の家をあきらめることで、賃貸料や住宅ローンのくびきを壊したのだ」と。欲しいものを手に入れられることが幸福とされた「アメリカの物質的成功の夢」を追うことをやめるのを選択した人たちだ。
車内スペースは限界があるから持ち物も最小限に抑えねばならない。それゆえ本書でも紹介されているボブ・ウエルズのノマド生活の手引書『車、ヴァン、RVでの生活の仕方―ローンから解放され、旅に出て本当の自由を見つけよう』(2013)を読むと、アメリカ社会が強いる「これがふつう」という所有欲の呪縛から解放されよと訴え、それで人間らしさを取り戻せと書いている。
それはこれを機にと評者が読んでみたエマ・レディントン著『ノマド:逃亡と冒険のホームをデザインする』(2019)でも同様だ。3章では「ミニマリストとなれ」4章では「逃亡者になれ」と解説する。しかしながらこの書は、カラー写真満載の豪華版で、快適なキャンピング・トレーラー風の車内は、小奇麗に整頓され、アウトドアグッズが揃う。若い夫婦や家族がキャンプをするように振る舞う写真も多く、本書で扱われる現実とはイメージがかなりかけ離れている感を否めないのは、車上生活者も様々であるからだ。だが「すべて捨てろ」と説くウエルズの方は、自由を手にする代わりにリスクも背負い込む覚悟をしろと手厳しい。