長嶋も江夏もイチローも大谷も出てこない「経営者たちのプロ野球史」
記事:日本実業出版社
記事:日本実業出版社
この本は、プロ野球史を「親会社」の視点から描くものだ。したがって、野球の本でありながら、もの干し竿の藤村も、赤バットの川上も、青バットの大下も、長嶋の天覧試合ホームランも、江夏の21球も、イチローも松井秀喜も大谷翔平も登場しない。名選手・名監督・名勝負・伝説の名試合も出てこない。プロ野球球団を経営したオーナーと、その企業を主人公にした野球史の本である。
2021年の日本野球機構(NPB)加盟のプロ球団は12だが、これまでに合併や身売りもあるので、球団の親会社となった企業は、ネーミングライツも含めれば、55社になる。なかには1年に満たずに撤退したところもあるが、歴史に名は残っている。
1936年に日本職業野球連盟が発足したときに加盟したのは7球団で、その親会社は鉄道会社が3、新聞社が4だった。この2業種しかなかった。2021年現在は鉄道会社と新聞社が各2、食品メーカーが3、情報・ネット関係が3、金融、自動車メーカーが各1(マツダは厳密には広島東洋カープの親会社ではないが)となる。
12チームだが親会社の業種としては6しかない。偏りがあるのだ。
これまでにプロ野球に参画しながらも全て撤退したのが映画会社で、大映、東映、松竹の3社が球団を持っていたのに、いまは1社も残っていない。食品メーカーでは、最初に球団を持った大洋漁業が手放し、一方で日本ハムが参入するなど、日本人の食生活が魚から肉へと変わったことを象徴する。
鉄道会社もかつては関西五大民鉄のうち、京阪を除く四社、阪神、阪急、南海、近鉄が球団を持っていたが、阪神以外は撤退した。国鉄や東急、西鉄、一年だけだが名鉄も球団を持っていた時期がある。新聞社も、毎日新聞、産経新聞がいったんは持ちながらも撤退した。
撤退する業種がある一方、情報通信に関する事業をしている、いわゆるネット関連企業が現在は3社が参入している。元気な業界がどこかが分かる。
一方、1936年から現在まで親会社が一貫しているのは阪神タイガースだけだ(阪急と経営統合してはいるが)。最初の球団とされる巨人軍は実は経営母体は一貫していない。
36年の東京巨人軍の経営母体は、株主のなかに正力松太郎の名はあるが読売新聞社はなく、筆頭株主は京成電鉄の社長という、中心になる企業のない会社だった。巨人軍が読売新聞社の子会社に経営が移管されるのは戦後なのだ。またプロ野球が始まるよりも前に建てられ、現在まで現役の球場として使用されているのは、阪神甲子園球場のみである。
本書は基本的には時間軸に沿って、どの企業・どの人物がプロ野球に参画し撤退していったかの歴史をたどる。そこから、この一世紀弱の日本社会の変遷も見ていこうという企てである。
長い歴史物語は、明治の初め、アメリカへ留学した鉄道技師がボールとグローブを携えて帰国した話から始まる。そこから「初の職業野球のチーム」結成まで、日本社会は半世紀近くを必要とした。明治初期から昭和初期まで、野球と鉄道と新聞とは並行して発展し、この三者が出会うことで、「プロ野球」は誕生する。
オーナーたちのなかには野球を愛した者もいれば、何の興味も持たない者もいた。華族もいれば戦後成金もいた。球団を持つ目的も、営利事業のひとつ、自社の宣伝、顧客サービス、社員が一体になるため、成り行き、などさまざまである。撤退した企業も多いが、そのなかで経営破綻したのは、偶然にも、大映とダイエーである。
歴史物語として、紳士録として、産業興亡史として、お楽しみいただきたい。