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炭素問題にならぶ「窒素問題」とは? 複雑な窒素問題をわかりやすく学ぶために

記事:朝倉書店

窒素は我々の生存に不可欠な元素である。我々の窒素利用は、人間活動のすべて、環境媒体(大気、土壌、陸水、海洋)、および陸域・水域・海洋生態系を巻き込み、正と負の双方の効果を含んでおり、このトレードオフを窒素問題と称する。
窒素は我々の生存に不可欠な元素である。我々の窒素利用は、人間活動のすべて、環境媒体(大気、土壌、陸水、海洋)、および陸域・水域・海洋生態系を巻き込み、正と負の双方の効果を含んでおり、このトレードオフを窒素問題と称する。

我々の生存に不可欠な「窒素」

 窒素は我々の生存に不可欠である。タンパク質や核酸塩基などの生体分子に必要な元素だからである。窒素は大気の約8割を占める窒素ガス(N2)という形で地球のおよそどこにでも多量に存在する。しかし、N2はきわめて安定なために直接にはタンパク質にも核酸塩基にもならない。一部の微生物だけがN2を利用できる。植物や動物が生存に必要な窒素を手に入れるには、N2ではない窒素、すなわち反応性窒素と総称される窒素が必要である。ゆえに、反応性窒素は農作物の生産に欠かせない肥料になる。家畜を養う飼料作物の生産にも肥料が必要である。人類は飲食物に含まれるタンパク質として窒素を摂取する。

 人類は20世紀の初期にN2からアンモニアを人工合成する技術を確立した。合成したアンモニアは他の反応性窒素へと容易に変換することができる。化学肥料や工業原料として人工合成された反応性窒素は人類に大きな恩恵を与えてきた。そのいっぽうで、人類が合成して利用する、応性窒素の多くが環境へと排出されている。化石燃料などの燃焼によっても窒素酸化物などの反応性窒素が発生して大気に排出される。

化学肥料や工業原料として人工合成された反応性窒素は人類に大きな恩恵を与えてきた。
化学肥料や工業原料として人工合成された反応性窒素は人類に大きな恩恵を与えてきた。

 こういった反応性窒素の環境への排出の増加は、地球温暖化、大気汚染、水質汚染、富栄養化、生物多様性の損失といった環境影響の原因となる。肥料や原料としての窒素の便益を保ちながら、人の健康と生態系の健全性への脅威を緩和した窒素利用、すなわち「持続可能な窒素利用」を実現するには、窒素を介した人間活動と自然のつながりを正しく理解することが必要である。

「炭素」と同様に「窒素」も環境問題をもたらす

 人類の窒素利用が多様な環境影響をもたらす構図を窒素問題と称する。いっぽう、人間活動に伴う二酸化炭素やメタンといった炭素を含む温室効果ガスの排出がもたらす地球温暖化を炭素問題と呼ぶとしよう。炭素問題の解決に向けて、日本では脱炭素化などの動きが活発になってきている。ところが、窒素問題の認知度はとても低いように見受けられる。なぜか。それは、窒素問題がずっと複雑だからであろう。

反応性窒素の環境への排出の増加は、地球温暖化、大気汚染、水質汚染、富栄養化、生物多様性の損失といった環境影響の原因となる。
反応性窒素の環境への排出の増加は、地球温暖化、大気汚染、水質汚染、富栄養化、生物多様性の損失といった環境影響の原因となる。

「窒素問題」をわかりやすく解説することは難しい

 窒素問題は、人間活動のすべて、環境媒体(大気、土壌、陸水、海洋)、および陸域・水域・海洋生態系を巻き込み、正と負の双方の効果を含む。炭素問題に比べて、その負の効果を身近に実感しにくい窒素問題を知ってもらうには、わかりやすく伝える教育が求められる。しかし、窒素問題の複雑さが教育を妨げる。たとえ専門家であっても、窒素問題を簡潔に解説することは難しく、結果として多くの人に伝える機会が限られている。弁護するならば、専門家が自らの得意分野の外を知らないのは常である。

肥料や原料としての窒素の便益を保ちながら、人の健康と生態系の健全性への脅威を緩和した窒素利用、すなわち「持続可能な窒素利用」を実現するには、窒素を介した人間活動と自然のつながりを正しく理解することが必要である。
肥料や原料としての窒素の便益を保ちながら、人の健康と生態系の健全性への脅威を緩和した窒素利用、すなわち「持続可能な窒素利用」を実現するには、窒素を介した人間活動と自然のつながりを正しく理解することが必要である。

「窒素問題」を理解するために...

 加えて、窒素問題の教育には、この問題をひとまとめに解説した教材が必要である。そこで、多くの学問分野が関わる窒素問題について、特に環境科学や食料・資源・エネルギー利用の観点に注目し、専門分野の垣根を越えたつながりを重視し、全体を体系的にとらえる本邦初の書籍として、本書を企画した。読者の理解を助けるために、本書は豊富な図表を用いた図説の形とした。

 本書は、学生、教員、研究者をはじめ、行政職やコンサルタントまた環境問題に関心を有する方々を対象としており、高度の基礎知識がなくても読み進められ、窒素問題のことを知っていただけるように作成した。(中略) 本書の狙いと構成は、「第1部 つながりを知る総論」の「1-1 本書の道案内:窒素はすべてをつなぐ」に詳しく述べている。本書の読み方として、第1部の総論で全体像をつかみ、第2部の各論で気になるトピックを拾い読みすることを提案する。そして、国内外の取り組みや未来の持続可能な窒素利用のあり方に関心が向いた際には、第3部を読んでいただきたい。特に第2部では、日本の状況を具体的に紹介することに努めた。窒素問題について日本がどのような状況にあるかを垣間見ることができれば幸いである。(後略)

2021年11月 林健太郎・柴田英昭・梅澤有

(『図説 窒素と環境の科学―人と自然のつながりと持続可能な窒素利用―』まえがき より)

『図説 窒素と環境の科学―人と自然のつながりと持続可能な窒素利用―』
『図説 窒素と環境の科学―人と自然のつながりと持続可能な窒素利用―』

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