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森の王者クマタカのすべてを解き明かす――。25年におよぶ執念の生態調査が結実!

記事:平凡社

43日齢の雛に餌を与える雌。貴重な瞬間をとらえたダイナミックな写真が数多く掲載されているのも本書の特徴(『クマタカ生態図鑑』より転載)
43日齢の雛に餌を与える雌。貴重な瞬間をとらえたダイナミックな写真が数多く掲載されているのも本書の特徴(『クマタカ生態図鑑』より転載)

クマタカが織りなす野生の世界に引きずり込まれていく

若尾親著、山﨑亨監修『クマタカ生態図鑑』。2023/3/25平凡社刊、オールカラー600ページ、ソフトカバーB5変型判(16×23.5cm)、定価8800円
若尾親著、山﨑亨監修『クマタカ生態図鑑』。2023/3/25平凡社刊、オールカラー600ページ、ソフトカバーB5変型判(16×23.5cm)、定価8800円

 大型猛禽、クマタカ。頭部の角張った冠羽、橙黄色の鋭いまなざし、深く湾曲したくちばし、がっしりとした体軀、強靭な足と鋭く湾曲した長い爪。一度出合ったら、決して忘れることのない勇壮な風貌。翼を広げると、左右の翼の端から端まで1.5 メートルほどもある。止まり場から飛び立って、ノウサギやヤマドリなどにつかみかかり、捕える。ときには、シカやキツネも襲う。その様子は豪快の一言。そんな魅力あふれる鳥が、日本の森林にすんでいる。だが、ありきたりの観察では、姿をしっかりとらえるのはむずかしい。出合うことすら簡単ではない、と言った方がよいだろう。

 若尾親さんは、そうしたクマタカの観察に25 年もの年月を費やし、このたび、その結果をまとめた『クマタカ生態図鑑』を出版された。大著であり、たいへんな労作である。これまでの長期にわたる観察と撮影の記録が凝縮された内容で、すばらしい! の一語に尽きる。観察や撮影はもとより、結果の整理や一連の執筆作業などに、どれだけ多くの時間と労力が費やされたことか、若尾さんの並々ならぬ努力と熱意に頭が下がる。ともあれ、若尾さんのライフワークが大きな実を結んだことはまちがいない。出版を心から祝いたい。

 本書は、クマタカの概要から始まり、繁殖生態、環境利用、採食行動、食性、求愛行動へと進み、繁殖活動の詳細、鳴き声、換羽を経て、イヌワシとの比較、形態上の特徴、保全上の諸問題へと至る。どの項目も、ご自身の長年にわたる観察結果を中心にまとめられており、資料性が非常に高い。また、数多くの写真が記述を裏付け、捕捉し、話の流れを興味深いものに仕立てている。読んでいて、見ていて、クマタカが織りなす野生の世界に引きずり込まれていくのを感じる。

第1章、各部位の名称 3,飛翔状態の各部位(『クマタカ生態図鑑』より転載)
第1章、各部位の名称 3,飛翔状態の各部位(『クマタカ生態図鑑』より転載)

 とりわけ、獲物を捕らえる採食行動、雌雄の空中での求愛行動、巣内での育雛行動、イヌワシとの攻防については、一連の記述と写真が巧みに融合し、まさに圧巻の様相を呈している。正確な記述とダイナミックな一連の行動写真は、ある意味、映像を見るよりも迫力がある。もちろん、クマタカという魅力あふれるタカあってのことではあるが、通常ではとても見ることのむずかしい生態や行動を、文字と写真に見事に収めた若尾さんのたゆまぬ努力があっての賜物なのだ。

第9章、ディスプレイ飛翔 ⑨深い波状飛翔(『クマタカ生態図鑑』より転載)
第9章、ディスプレイ飛翔 ⑨深い波状飛翔(『クマタカ生態図鑑』より転載)

 しかし、本書に目を通していて感じるのは、若尾さんがクマタカとともに過ごした日々が、何にも代えがたくすばらしいものであったのだろう、ということだ。一瞬、一瞬のなりゆきに息をひそめ、双眼鏡を握りしめ、カメラのシャッターを押す。新しい発見の数々、はじめて撮影される貴重な場面、四季折々、美しい景色の中で展開される自然の営みそのもの。そうした数々の情景を、ページの各所から感じとることができる。さぞかし、胸が高鳴り、幸せな時を感じたことだろう。俗に言われる努力や苦労を、はるかに上まわる感動と楽しみがあったに違いない。野外でクマタカを見つめる、若尾さんの幸せそうな姿が目に浮かぶ。

 言うまでもなく、クマタカをはじめとした大型猛禽の観察や撮影は容易なものではない。若尾さんがそれを見事になしとげられたのは、対象となるクマタカのすむ地域にすみつき、一年を通して、25 年もの長きにわたり、調査地に通い続けたからに違いない。地域の自然と一体となり、常にクマタカの気配を感じつつ過ごしてきたからこそ、くわしい観察とさまざまな場面の撮影が可能となったのだろう。

第6章、容姿と年齢 2.飛翔(横帯、風切羽と尾羽)(『クマタカ生態図鑑』より転載)
第6章、容姿と年齢 2.飛翔(横帯、風切羽と尾羽)(『クマタカ生態図鑑』より転載)

 近年、大学や研究機関に所属しつつ研究を行なう、いわゆる機関研究者は、研究費の獲得に多くの時間を費やし、特定のテーマについて研究費が得られれば、限られた期間内で効率よく調査、研究を行なう。得られた結果は、なるべく早い時期に、影響力の高い学術誌に公表する、という流れの中で過ごしている。それはそれで必ずしも悪いことではないのだが、地道で、長期間にわたる研究には向いていない。研究費が得られなくなれば、研究は終了となる。平たく言えば、金の切れ目が縁の切れ目となる。

 若尾さんが行なってきたような調査、研究は、関心、気力、体力が続く限り継続される。とくに、若尾さんのように対象となる生きものの身近にいて調査、研究を続けている場合には、金の切れ目が縁の切れ目になるようなことはない。したがって、機関研究者が見過ごしてしまう、いや、そもそも調べようとしないさまざまなことを明らかにできる。若尾さんのこの『クマタカ生態図鑑』には、まさにそうした要素、ことがらが満載されている。

 一方、若尾さんは、関連する書籍や研究論文にもきちんと目を通されている。ご自分の観察したことがらの意味や理由を探ることにも、多くの時間を費やされているということだ。本書で問題としているのは、クマタカのことだけではない。いろいろな生物にかかわる繁殖、生存、個体数、発声、そしてそれらの相互関係などにも関心を寄せ、記述し、考察している。したがって、本書は単なる自身の観察報告ではなく、クマタカという鳥に焦点をあてた生態学、行動学の研究書としての価値もある。

第6章、容姿と年齢 ①成鳥 雄・雌 比較(『クマタカ生態図鑑』より転載)
第6章、容姿と年齢 ①成鳥 雄・雌 比較(『クマタカ生態図鑑』より転載)

 日本にくらすクマタカは、同種の大陸個体群とは遺伝的に異なっており、生態や行動、形態面で独自の特徴を発達させている。一部の地域を除き、日本にだけ生息する固有の亜種と言える存在である。日本列島の森林を舞台にして発達してきた生態や行動の特徴が、どのような意味と役割をもっているのか、たいへん興味深いところである。本書でも明らかになっていることは多いが、おそらく本書で述べられていることがらをもとに、今後さらに関連研究が進展する可能性がある。

第18章、鳴き声 2.音声によるコミュニケーション(『クマタカ生態図鑑』より転載)
第18章、鳴き声 2.音声によるコミュニケーション(『クマタカ生態図鑑』より転載)

 一方で、近年、森林の荒廃などにもとづく繁殖成績の減少や幼鳥の死亡率の増加から、クマタカの将来は危ぶまれている。次世代への個体の更新が、進みにくい状況が生み出されているのである。そうした状況を受け、環境省のレッドリストでは、クマタカは絶滅危惧IB 類とされている。若尾さんは本書の最後に、この保全をめぐる問題をとり上げ、解決への道を探り、提言もしている。それは単に、クマタカという種にだけ焦点をあてた内容ではない。森の仕組みを学び、その中で生きるクマタカなどの大型猛禽の位置や役割を理解することの重要性が強調されている。クマタカを守ること、それは、日本の豊かな森林生態系を保全あるいは育成することに直結している、という視点だ。本書が広く読まれ、若尾さんが伝えようとしていることを、行政や教育の関係者をふくめて多くの方が、しっかりと受けとめていくことを望みたい。

第22章、クマタカとイヌワシ 6.繁殖成功率の低下とその原因(『クマタカ生態図鑑』より転載)
第22章、クマタカとイヌワシ 6.繁殖成功率の低下とその原因(『クマタカ生態図鑑』より転載)

文/樋口広芳(鳥類学者)
*本書「『クマタカ生態図鑑』刊行によせて」を転載

『クマタカ生態図鑑』目次

第1章 各部位の名称
第2章 用語解説
第3章 クマタカの概要
第4章 生態
第5章 生息環境と行動圏
第6章 容姿と年齢
第7章 ハンティング
第8章 食性
第9章 ディスプレイ飛翔
第10章 繁殖活動 求愛期から抱卵期
第11章 繁殖活動 巣内育雛期
第12章 雛の日齢変化
第13章 繁殖活動 巣外育雛期
第14章 追い出し行動と分散
第15章 繁殖の現状
第16章 繁殖失敗事例
第17章 繁殖戦略と死亡率
第18章 鳴き声
第19章 換羽
第20章 個体識別
第21章 干渉行動とモビング
第22章 クマタカとイヌワシ
第23章 翼と羽の形状
第24章 猛禽類調査
第25章 猛禽類の保護・保全
第26章 クマタカの未来

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