「希望」を捨てないかぎり「敗北」はない ――粘り腰の人、加藤周一の軌跡
記事:平凡社
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評論家であり、作家であり、血液学を専攻する医学者でもあった加藤周一。彼の文筆活動は、文学・芸術、文明批評、時事評論、文学史などにとどまらず、小説や詩、はたまた翻訳にまでわたり、その関心の広さ、知識の深さは、誰もが認めるものでした。
幅広い学問に通暁し、まさに日本を代表する「知識人」と目されていた加藤ですが、決して、孤高で優秀な学究の徒というわけではなく、人とのおしゃべりを愉しみ、人生を愉しんだ人だったそう。その生涯と魅力を、彼の膨大な著作から跡付けたのが本書です。
加藤の70年にわたる活動は大きく三つにわけられます。
一つは、旧制高校時代から1968年の、「加藤周一」の黎明期。
二つ目は1969年から1980年代末まで、『世界大百科事典』を編み、『日本文学史序説』や『夕陽妄語』の連載など、代表的な仕事に次々取り組んだ時期。
そして三つめは、1990年代から亡くなるまで、「九条の会」にて憲法を護る市民運動に力をそそぎ、病を得ながら死について考え続けた日々。
これらは、日本の歴史の上でも大きな画期となった時期であり、こうした時代を背景に加藤の著作を辿ることは、すなわち日本の人々、社会、文化、さらには、世界との関係を辿り、日本を知ることであるともいえます。
本書第七章では、平凡社の世界大百科事典編集長としての加藤周一も紹介されています。
「加藤さんは、なによりも「明瞭さ」を編集部に求め」、政府機関や大企業といった組織の政治的・商業的目的のために、市民が受け取る情報が操作されることへの危惧や、知識の専門家による情報の専有化に抗する手段として、情報を「自らの立場に従って整理する」ことと、専門家に、「情報の正確さを犠牲にしないままで、しかもわかりやすく話すくふうを求める」ことを主張したといいます。
また、第10章では、科学技術の発達により人命と文明の破壊力を増大させた戦争への反対と、「戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認」の堅持を訴える「九条の会」での活動も紹介されています。
加藤は、将来、たとえ憲法改定がなされたとしても、「九条の会」は続けないとならない、と言っていたといいます。また、加藤は原子力発電所の危険性と原子力政策の見直しも提言していました。
こうした加藤の活動や、提言は、情報の不確実性に惑い、核戦争の恐怖にいまだ怯えながら、戦争に傾いてゆく世界に生きる私たちに、とても響くものとなっています。
「希望」を捨てないかぎり「敗北」はない――加藤が残した「希望の精神」。
疫病、戦争、自然災害など、悪化していく事態を前に無力さを感じざるをえない日々に、あきらめない姿勢、踏みとどまる力を与えてくれる一冊。ぜひお読みいただければ幸いです。
文/竹内涼子(平凡社編集部)
まえがき ことば・人間・希望――加藤周一が大切にしたもの
第1部 三つの出発
第1章 いくさの日々――または第一の出発
第2章 フランス留学三年――または第二の出発
第3章 ヴァンクーヴァーの一〇年――または第三の出発
第2部 日本文学史と日本美術史
第4章 一九六八年――または「言葉と戦車」
第5章 変化と持続――または『日本文学史序説』
第6章 かたちに現れたる精神――または『日本 その心とかたち』
第7章 テエベス百門の大都――または「百科事典」的精神
第3部 日本人とは何か
第8章 文体と翻訳――またはことばと時代と人間と
第9章 時間と空間――または日本文化とは何か
第10章 加藤周一――または「理」の人にして「情」の人
あとがき
平凡社ライブラリー版 あとがき
略年譜
*本著作は、2011年岩波書店から刊行されたものの増補改訂版です。