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日本社会に充満する空気から抜け出すための実用書 ――『10代から知っておきたい あなたを丸めこむ「ずるい言葉」』書評 (評者:武田砂鉄)

記事:WAVE出版

親密さや連帯責任を利用する、親切を装う、排除の恐怖をにおわせる、人格を否定する、「勝ち残ること」を強要するなど――「同調圧力」がひそむ言葉からどう身を守るか
親密さや連帯責任を利用する、親切を装う、排除の恐怖をにおわせる、人格を否定する、「勝ち残ること」を強要するなど――「同調圧力」がひそむ言葉からどう身を守るか

同調圧力が基本設計になっている社会

「みんなやってるよ」と言われると、「えっ、みんなって誰?」と返す。「いや、だから、みんなだよ……」と目を泳がされてしまうと、それ以上突っ込むのもなんだかかわいそうなので、「で、あなたはどう思うの?」と聞いてみる。「うーん、みんなやってるしなぁ」と堂々巡りが続く。

「みんなやってる」「みんな言ってる」に従っていると、大抵のことは難なく乗り越えられる。でも、いざという時に困り果てる。周りに「みんな」がいなくて一人ぼっちだったり、「みんな」がバラバラの意見を持っていたりすると、どこを見たらいいのかわからなくなってしまう。

自分の感覚を「普通」、異なるものを「おかしい」といってしまう背景には、自分がどういう人間でどういう感覚の持ち主なのかをきちんと考えたことがない、という現実がある
自分の感覚を「普通」、異なるものを「おかしい」といってしまう背景には、自分がどういう人間でどういう感覚の持ち主なのかをきちんと考えたことがない、という現実がある

 この国は同調圧力が強いとされるが、その強い圧を毎日感じているわけでもない。同調圧力が基本設計になっている社会において、黙って暮らしている分には基本的に快適である。本当は、快適だと思わされている、くらいの言い方が適切なのだが、いちいち疑うよりも馴染んでしまうほうが揉め事は少なくなる。でも、知らぬ間に主体性が削られていく。「私はこう思う」が「みんなはこう思っている」に潰されて、「私はこの道を選びたい」よりも「いや、普通はこっちの道を選ぶでしょ」を優先されてしまう。

「政治家ってそういうものでしょ」

 本書には24の「ずるい言葉」が並んでいる。タイトルにある「あなたを丸めこむ」という表現が巧妙だ。「まぁまぁまぁ、そう言いたいのもわかるけどさ、でもさ、ほら、わかるよね、もう、頼むよ、それくらいさぁ、ねぇ」って感じ。何も言っていないくせに、こっちの姿勢を変えようとしてくるのだ。

 列挙されている言葉を見て、具体的な経験が山のように思い出される。

「みんなでやることに意味がある」……これを何度も言う先生がいた。合唱祭が近づき、練習に熱が入ってくると、サボり気味の生徒をこのフレーズと共に叱りつけていた。自分は、放課後なんだし、別にサボりたければサボればいいじゃん、と思っていたので、なんだそれと、違和感を覚えていた。

「世の中そういうものでしょ」……今、SNSで自分なりの見解を投じるとしょっちゅうやってくる言葉だ。たとえば、政治家が不透明なお金の使い方をした。それを追及されても開き直っている。さすがにそれはないだろうと問題視すると、「でも、政治家ってそういうものでしょ。清廉潔白を求めすぎても」みたいな声が飛んでくる。政治家にとっては実にありがたい反応だろう。

日常の会話から「同調圧力」が生じるシーンを24編ピックアップし、漫画でわかりやすく表現
日常の会話から「同調圧力」が生じるシーンを24編ピックアップし、漫画でわかりやすく表現

「もっとポジティブじゃないと」……以前、会社勤めをしていた時に、業界への不満を漏らしていると、もっと前向きに捉えないとこの業界ではやっていけないよと先輩から言われた。もしかしたら、改善を促す動きかもしれないのに、そんなことを思ってしまっているキミは「ネガティブ」で、それではいけない、もっと「ポジティブ」でなければ、と話を展開させた。いつのまにか、自分の心の持ちようの話になっていた。

 ……といった感じ。24の言葉について、すべて自分のエピソードを添えたくなってくる。

同調圧力と自己責任はタッグを組んでいる

 著者は「同調圧力の強い社会は、多様性を認めずマイノリティを排除する不寛容さと表裏一体です。同調圧力に注目することは、マジョリティの側がそのような社会の変革を『自分ごと』としてとらえるひとつのきっかけになりえます」と書く。

 自分はこの社会を成人男性として生きている。圧倒的なマジョリティである。だからこそ、「ずるい言葉」で丸めこまれたとしても、そこに用意された環境に難なく馴染める場合が多い。でも、それではいけないのだ。意外といい感じじゃん、と思えるのは、自分がマジョリティだから。

 ここではこういうことになっているので、色々言いたいこともあるんだろうけど、とにかくこれに馴染んでくださいと、社会や組織や権力者から要請される時、あちこち体を傷めながら、その枠組みの中で無理やり息をして暮らしている人がいる。言葉というのは、間違った使い方をすると、人の可動域を強引に制限する腕力になってしまう。同調圧力と自己責任はタッグを組んでいて、「みんなやってる」と「勝手にやったんだからオマエの責任」の掛け合わせによって、自分なりの判断をした人たちをどんどん生きづらくしていく。

 まず必要なのは、大きな言葉に注意すること。「みんな」「普通」「世界」「時代」「世の中」などなど。その言葉を駆使しながら話している人には、まず、「で、あなたはどう思うの?」と聞き返したらいい。それでもまだ、自分以外の何かに頼って話を続けるようであれば、「ちょっとこの後、アレなんで」とか「もうすぐ電車が来ちゃうんで」みたいな、超適当な理由でその場を立ち去ろう。本書は、日本社会に充満する空気から抜け出すための実用書である。

カバー裏にはあなたを丸めこもうとする言葉がびっしり並ぶ
カバー裏にはあなたを丸めこもうとする言葉がびっしり並ぶ

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