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「空気」の支配を解明 キャス・サンスティーン『同調圧力 デモクラシーの社会心理学』[前篇]

記事:白水社

それは合理的な選択か、大きな間違いか? キャス・サンスティーン著『同調圧力 デモクラシーの社会心理学』(白水社刊)は、カスケードや集団極性化に基づきながら、デモクラシーの社会心理を解き明かす。ハーバード大学の講義から生まれた記念碑的著作。
それは合理的な選択か、大きな間違いか? キャス・サンスティーン著『同調圧力 デモクラシーの社会心理学』(白水社刊)は、カスケードや集団極性化に基づきながら、デモクラシーの社会心理を解き明かす。ハーバード大学の講義から生まれた記念碑的著作。

【Professor Cass Sunstein: American Legal Scholar | Full Address and Q&A | Oxford Union】

 

 同調は、人類と同じくらい長い歴史をもつ。エデンの園では、アダムがイヴに追従した。世界のさまざまな大宗教が広まったのは、同調の産物だといえる部分もある。このテーマに関して、とくにキリスト教やイスラム教、ユダヤ教に注目した本はいまだに出続けている。寛大であれ親切であれ、か弱き者に対する配慮や人としての尊厳の重視であれ──こうしたものはみな、同調によって助長されるのであり、同調は一種の社会的な接合剤の役割を果たすのである。

 同調によって暴虐な行為が実現してしまうこともある。ホロコーストはいろいろな要素をもっていたが、とりわけ顕著な点として、ホロコーストは同調がきわめて巨大な力をもつことの証だったと言える。共産主義の台頭もまた、この力を表わしたものだった。現代のテロリズムは、貧困の産物でもなければ精神疾患や無教育の産物でもない。その大部分は、人が人に与える圧力の産物なのである。そうした圧力は同調と大いに関係がある。ある政党の人びとが一緒になって練り歩き、決めつけた態度や熱狂を募らせ、他の政党の人びとを嘲笑うときは、同調が機能している。同調は、最良のかたちばかりでなく最悪のかたちでも、ナショナリズムを焚き付けるのである。

Protesting[original photo: ANDREW NORRIS – stock.adobe.com]
Protesting[original photo: ANDREW NORRIS – stock.adobe.com]

 本書を読めば分かるのだが、同調という概念は見た目よりもはるかに興味深く、複雑である。ただし二つの要点を押さえれば、同調が機能している事柄の多くを言い表わすことができる。一つは、何が真実で何が正しいことなのかという情報を、自分以外の人の行動や発言が提供するという点である。仮に自分の友人たちや近隣住民が何か特定の神を信じていたり、移民の流入を恐れていたり、今の国のトップの人物が大好きだったり、気候変動などでっち上げだと考えていたり、遺伝子組み換え食品は危険なので食べてはいけないと思っていたりした場合、自分がそれらすべてを信じてしまったとしても不思議ではない。そういった人びとの考えを自分の信じるべきことの根拠にするのは、もっともなことだからである。

 もう一つは、自分以外の人の行動や発言は、その人に好かれ続けていたい場合に(あるいはまずその人に気に入られるために)何をすべきで何を言うべきかを教えてくれる、という点である。たとえ心の奥底では賛同していなくても、本人たちの前では口に出さずにおくこともあれば、賛同することだってあるかもしれない。一度そういうことをすると、自分の内面が変わっていくのに気づくかもしれない。相手と同じように振る舞い始めることもあれば、ことによっては相手と同じように考え始めたりもするのだ。

 同調というテーマは特定の時代や地域に限られたものではなく、私としては、このテーマを論ずる本書もそうであってほしいと考えている。だが、現代のテクノロジー──とりわけインターネット──が、この長い歴史をもつ現象に新たな光明を投げかけていることは、指摘しておいて損はない。均質性の高い小さな僻村に暮らしているとしよう。自分の知っていることのほとんどは、その村で知られていることに限られるだろう。自分の信じていることが隣人たちの信じていることの丸写しになったとしてもおかしくはない。まったく合理的な判断をする人間でありながら、本人の信じていることがまったく合理的でない可能性だってあるのだ。〔元連邦最高裁〕裁判官ルイス・ブランダイスの指摘にあるように、「男が怖れたのは魔女、だが彼らが焼いたのは女」なのである。

ルイス・ブランダイス(Louis Dembitz Brandeis、1856-1941年)
ルイス・ブランダイス(Louis Dembitz Brandeis、1856-1941年)

 みずからの想像力や実体験によって別の指針に至らないかぎり、人は身の回りの人びとと同じように行動し、思考するものである。たしかに、一部の人間は周囲に従わず、彼らの存在によって社会のもつ情報資源が豊かになることもある。そうした者にとって、逸脱することは同調することよりもはるかに魅力的である。彼らはみずから望んで逸脱しているのだ。だが自分にとっての世界が限られているならば、物の見方もまた限られてくるものだ。人が見たり想像したりできるものには、限りがあるのである。

 今度は、どこに住んでいようと自分の時間の多くをインターネットに費やしているとしよう。ある意味では、この世界全体を自分の好きなようにできるわけだ。「世界の宗教」を検索してみれば、驚くほどの短時間でたくさんのことを学べる。「気候変動をめぐる作り話」を検索にかけてみれば、さまざまな見解を発見することができるし、もしその話題に一、二時間付き合うつもりがあるなら、科学者たちの考えについて最低でも大まかな知識くらいは得ることができるだろう。「遺伝子組み換え食品の健康リスク」で検索してみると、いろいろな種類の研究やさまざまな記事が見つかるし、なかには非常に専門的なものだってある。信頼できるものを選別するのは容易ではないかもしれない。ネット上には無数の虚偽情報がある。しかしここで大事な点がある。すなわち、たとえ同調する方向に心が傾いたとしても、何に、あるいは誰に同調するかを決める前にやらなければいけないことが結構あるということだ。

miniature people on connection line and dot , red black and blue line connect by black dot point , abstract people on complex network connection and communication, people social connection concept[original photo: kwanchaift – stock.adobe.com]
miniature people on connection line and dot , red black and blue line connect by black dot point , abstract people on complex network connection and communication, people social connection concept[original photo: kwanchaift – stock.adobe.com]

 大体の意味においては、これは人類にとって途轍もない進歩である。われわれのもちうる視野は、かつてに比べてはるかに広くなったし、とどまることなく広がり続けている。同時に、人類は部族的になったようにも思われる。われわれはどこに住んでいようと──小村だろうと、ニューヨークやコペンハーゲン、イェルサレム、パリ、ローマ、北京やモスクワだろうと──帰順対象をもつようになる。いったんそうなると、他の人びとよりも一部の人びとからの情報シグナルに付き従うことになるのだ。人は自分が愛し、尊敬し、好み、信用する者からの是認を受けたがる。それゆえ、たとえ目の前にいくつもの部族が存在していようとも、またそのなかから選ぶ自由があったとしても、同調圧力は依然として残るのである(私は、友人になったばかりの相手に、なぜわれわれはそこまでお互いのことが気に入っているのか尋ねたことがある。彼女は即答した。「同族だから」)。

 このように書いていると、世界では部族主義の復活が起きているように思えてくる。アメリカ合衆国やヨーロッパ、南米では、人びとが政治や宗教、人種、エスニシティによって規定されたアイデンティティをもつ部族に、みずからを仕分けていっているようだ。もちろん見た目だけでは誤った印象を与えることもあるし、本当にそのような復活がみられるのか知るためには、入念に分析する必要があるだろう。だが、数えきれないほどの人びとに対して、広くインターネット、とくにソーシャルメディアが、同調圧力の生ずる新たな機会を増やしていることは疑問の余地がない。

A variety of miniature people sitting on Smart phone. The text of 'Social Network Services’[original photo: Hyejin Kang – stock.adobe.com]
A variety of miniature people sitting on Smart phone. The text of 'Social Network Services’[original photo: Hyejin Kang – stock.adobe.com]

 まずは情報シグナルの話からしよう。自分のフェイスブックのページやツイッターのフィードでは、自分の気に入った、あるいは信用している人びとから、ありとあらゆるデータを受け取る可能性がある。彼らが伝えてくるものは、国のトップの人間のことや、犯罪、ロシア、FBI、EU、新商品、子育てのしかた、新しい政治運動などに関すること──つまりは何でもありうるのだ。その人たちが言ったことは、その人たちが言ったからこそ信用できるとされているのかもしれない。今度は自分の評判や世間的な地位に対する心配に目を向けてみよう。もし自分のネット・コミュニティで誰かがある考え方をした場合、人は相手と意見を違える気にはなりにくくなったり、あるいは相手に同意しやすくなったりする。むろん、これは相手方とのつながりの強弱によって大きく変わる。ひょっとしたら、相手が自分のことをどう思うかなど気にかけない人だっているかもしれない。しかし気にかけている人間は実際に大勢いるのだ──だとすると、そうした人びとは同調しやすい傾向にあるということになる。

 同調に単純な評価を下したところで、まったく意味をなさないだろう。一方では、文明の存立は同調によって支えられている。その反面、同調はおぞましい行為を生み出したり独創的な力を潰したりもする。私が本書で強調したいのは、同調の力学──同調は何をし、どのように作用するのか──についてだ。私としては評価は全体的に、機微をとらえることに重きを置いた感じになっていればよいと思う。もし周囲に馴染めない人間や反発する人間を引き合いに出して語るところで文章が一番生き生きとしていたのならば、それは私の性分によるものである。

 同調のもたらすものは有益であるにもかかわらず、それは同時に、人間の魂でもっとも貴重かつ不可欠なものを潰してしまう。ボブ・ディランの謎めいた歌詞で、私が気に入っているものがある。それはこんな歌詞だ。「法の外で生きるには、正直でいなければならない」。

 

【Bob Dylan - Absolutely Sweet Marie (Official Audio)】

 

【キャス・サンスティーン『同調圧力 デモクラシーの社会心理学』(白水社)より】

[後篇では「訳者あとがき」を紹介]

キャス・サンスティーン『同調圧力 デモクラシーの社会心理学』(白水社)目次より
キャス・サンスティーン『同調圧力 デモクラシーの社会心理学』(白水社)目次より

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