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その感覚は本当に「自分」のもの?――久野愛『感覚史入門 なぜプラスチックを「清潔」に感じるのか』

記事:平凡社

20世紀に爆発的に広まったプラスチックは、人びとの感覚を大きく変化させた素材のひとつ。1950年代からは「タッパーウェア」も広まった(写真は1958年のタッパーウェアの広告 Steinmetz collection, State Archives of Florida, Florida Memory)
20世紀に爆発的に広まったプラスチックは、人びとの感覚を大きく変化させた素材のひとつ。1950年代からは「タッパーウェア」も広まった(写真は1958年のタッパーウェアの広告 Steinmetz collection, State Archives of Florida, Florida Memory)

平凡社新書『感覚史入門 なぜプラスチックを「清潔」に感じるのか』(久野愛著、2025年12月15日刊)
平凡社新書『感覚史入門 なぜプラスチックを「清潔」に感じるのか』(久野愛著、2025年12月15日刊)

感覚は「主観」だけじゃない?

 味覚や聴覚といった感覚は、きわめて個人的なものだと考えられています。実際に人によって感じ方は異なるため、他の人がどう感じているのかを正確に知ることはほぼ不可能です。その意味で感覚は主観的なものだといえるでしょう。しかし、こうした感じ方には共通する歴史もあります。私たちの「身体」が感じ取るにおいや音などの感覚刺激の変遷は、その感覚をどのように理解し、認識するのか――言い換えれば、いかに自分たちの周辺環境すなわち「世界」を認識するのか――の歴史でもあり、それは、特定の時代や場所に生きる人々が共有するものでもあるのです。

 つまり、感覚は身体的であると同時に認識的でもあるのです。ここで強調しておきたいのは、感覚が決して「自然なもの」でも「普遍的なもの」でもないということです。ある時代に「洗練された味」とされていたものが、別の時代には「平凡」と感じられることもあります。かつては「陽気」とされた音が、今日では「騒音」として受け取られることもあるでしょう。それは、味や音などを感知する生物学的な感覚器官の働きが変化するということでは必ずしもなく、感覚の認識や意味づけの仕方が、歴史の流れの中で、文化的な慣習に左右されながら変化するということです。

感じ方が体験をつくる

 本書が扱うのも、まさにそのような「感覚の歴史」です。感覚がどのように意味づけられ、どんなふうに語られるのか、つまり感覚を通して経験が構築されるプロセスを明らかにすることが、本書の目指すところです。感覚の変化は、当然ながら、すべての人が一様に受け入れ、画一的に起きるわけではありません。変化が起きる時、期待とともにそれを歓迎する人もいれば、拒否する人もいます。さらに、そのような変化の受け入れ方や、影響の仕方は、ジェンダーや階級、人種などに左右されます。この本では、変化に対する人々のさまざまな態度に目配りをしつつ、社会の大きなうねりの中でいかに感覚のあり方が変化してきたのかをみていきます。

 本書で特に注目するのは、欧米を中心に工業化や産業化が進み始めた、19世紀末以降の資本主義システムの拡大による人々の感覚の変化です。科学技術の発達や消費主義社会の進展が大きな鍵となるため、他国に先駆けて大量生産システムを拡大させてきたアメリカ合衆国(以下、アメリカ)に焦点を当てることが多くなります。もちろん日本を含めた、変化の国際的な広がりにも目を向けながら、人々の感じ方やその認識の仕方がつくられてきた過程をたどるつもりです。

「視覚」以外の感覚にも注目するのが感覚史

 本書がこのようなテーマを扱う背景には、感覚に対する理解のあり方が、歴史学をはじめ複数の研究分野で見直されつつあるという経緯があります。これまでの研究は、工業化や産業化――特に「近代化」と呼ばれる歴史的プロセス――が人間の身体や感覚に与えてきた影響を、視覚の変化として捉える傾向にありました。実際に、大量生産システムが拡大した19世紀末以降、消費者の注意をひくために商品やパッケージの見た目が重視されたり、テレビや雑誌、広告などさまざまな視覚メディアが私たちの生活にあふれるようになりました。さらに、特定のファッションスタイルや自動車などの所有物が、その人のステータスや趣味を示す(視覚的な)「記号」として重要な意味を持つようにもなりました。しかし、1990年代頃から、聴覚や触覚、嗅覚、味覚といった、視覚以外の感覚にも注目した研究が「感覚の文化・歴史研究」として見直されるようになってきたのです。それに伴い、感覚は単なる身体の受動的な反応ではなく、意味や価値の構築に関わる営みであるという認識が広がってきたのです。本書も、そうした議論に学びながら、感覚を歴史的に捉えようとするものです。

『感覚史入門 なぜプラスチックを「清潔」に感じるのか』目次

はじめに
第1章 感覚史への扉
第2章 都市空間で感じる「モダン」
第3章 感覚を科学する
第4章 素材が変える感覚
第5章 感覚をデザインする
第6章 感覚体験の商品化
第7章 ヴァーチャルな感覚と身体
第8章 感覚の政治性
あとがき

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