現代洋画界の鬼才が綴った渾身のラストエッセイ
記事:芸術新聞社
記事:芸術新聞社
佐々木先生の自宅は横浜駅からバスで数分の高台にあります。駅から電話をすると、「バス停で待っているよ。ジーンズ姿だからすぐにわかるはず」とのこと。バスに揺られ10分、目的のバス停に着くと、予告通りにTシャツにジーンズ姿の佐々木先生がひょいっと手をあげて待っていました。
自宅へ到着すると、2階にあるアトリエへ。36畳もある大きな部屋は、野見山暁治氏(1920年〜2023年5月)のアトリエを参考にして造られたとのこと、その広さと眺望に驚きます。
佐々木先生の自宅へ向かう電車の中で、改めて今回の新刊を読み返しました。まず、そのタイトルの奇抜さは、書店でも目を引きます。本文中のあとがきにも書かれていますが、「「絵が売れないことを誇りに思え!」は、師匠の三尾公三先生が折に触れて口にしていた言葉である。」とのこと。本を手に取った皆さん、あるいはタイトルを目にした多くの方が疑問に思うのは、絵が売れないで、何でメシを食うか? だと思いますが、その答えもあとがきにしっかり書かれています。
「では、何でメシを食うか? 教師である。小生は中学校を振り出しに、京都芸大、京都造形大と、先生をしながら書き続けた。」(本文より)
佐々木先生は中学校を振り出しに、東京藝術大学、京都造形大学と、講師をしながら制作を続けてきました。そして今もなお、朝日カルチャーセンター横浜、渋谷ファッション&アート専門学校で教えています。
本書の目次を見ただけでも、先生の交流の広さ、深さに驚き、さらに読み進めていくと、自由闊達な文章に引き込まれていきます。連載は20年間に及んでいるため、美術界の動向もわかり、まさに「生きる美術史」な内容になっています。
アトリエには制作中の作品がありました。
「これは来年の国展へ出品する作品。毎年その年の展覧会が終わると翌年の作品を描きはじめるんだけど、今年は日本橋高島屋での出版記念展の準備があり、なかなかこちらの作品が仕上がっていない。作品はある程度仕上げてから、一度仕舞っておくんです。時間が経つと、自分の作品を客観的に見ることが出来、あれ、こんな所をこんな風に描いていたっけ? と思えるので、その時間が作品づくりにはとても重要なんです。」
年齢のことばかり書いてしまって申し訳ないのですが、100号の作品を描く気力はどこから生まれてくるのだろう、そして、書籍の帯には「ラストメッセージ」とあったのだが、出版はこれで最後なのか…。
「書籍はこれが最後かもしれないという気持ちで出版したのですが、跋文をお願いした大村智さんにも、いつか『美じょん新報』の連載をまとめてほしいと言われていたので、ようやく念願がかないました。作品制作については、本文にも登場する同世代の横尾忠則(145頁/ヨコオ論タダノリ)や絹谷幸二(115頁/絹谷幸二は天才だ!)は最近も展覧会を精力的に開催している。先輩たちを見てみると、熊谷守一は97歳、篠田桃紅は108歳と皆さん最後まで作品を作り続けているわけだから、まだまだやれると考えはじめていますね」。
今回の書籍はテーマによって5つの章に分かれています。第2章、第3章では「作家論」として、思い出の画家たち、同時代の画家たちとのエピソードを書いています。美術を志す人なら、誰もが知っている画家との交流が記されているのですが、それぞれの時代の熱量が感じられます。時代を全力で生きた人、そして制作を続けている画家たちの生き様を、今を生きる若い作家にもぜひ読んでほしいと思います。
今回の取材の際に、先生が長年続けている朝日カルチャー横浜教室の展覧会があると教えていただきました。会の名前は先生の名前を取り、「豊彩会」と言います。初日の夕方は出品者の作品一つひとつに講評をすると言うので、早速出かけて行きました。会場に到着すると、すでに講評はスタートしていて、生徒さんと作品を見ながら、「これはきれいだなー」「バックがうるさいね」「主体が目立たないからこれはいらないかもな」と的確に指摘をしていました。1時間に及ぶ講評中、生徒さんは真剣に先生の言葉を受けとめています。
講評が終わり、数名の生徒さんにお話を伺うと、皆さん年齢は先生とほぼ同じで80代。教室にはお勤めをしていた50代から通っているので、30年以上になるかしら…と言います。どんなに忙しくも、大雪の日でも教室だけは休まず、少しでもいいからデッサンをしたかったそう。先生に厳しいことを言われても、絵を描くことが楽しくてここまで続けてきたのよ、という皆さんの言葉は、先生の情熱と比例しているようでした。
さて、出版記念展を兼ねた日本橋高島屋での個展が開催されます。
初日10月4日(水)17時〜は、大村智氏との対談が行われます。お二人とも88歳。先生曰く「ぼくのほうが5日早く生まれたの」だそう。大村氏は生まれ故郷の山梨で私設美術館の韮崎大村美術館を建てるほど、美術品の収集、若いアーティストの支援を行なっています。お二人の対談、ぜひ足を運んでみてください。
● 佐々木豊展−そして舟は往く−
2023年10月4日(水)〜9日(月・祝)
日本橋高島屋S.C. 本館6階 美術画廊(10時30分〜19時30分)
ギャラリートーク:10月4日(水)17時〜「大村智氏との対談」