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倫理的決断の道しるべ――『いのちと性の物語』が問いかけるもの(1)

記事:春秋社

まっすぐに伸びる竹
まっすぐに伸びる竹

倫理とは何か

 私たちの日常生活は、極めて不確かな状況の中で営まれている。一つとして、あたりまえのこと、、、、、、、、はないのかもしれない。しかしだからといって、「現実」は、ただ単に無秩序で混沌とした状態の中にある、というわけでもないだろう。同時にまた、私たち人間も、実に不確かな存在である。たとえ誠実に生きようとしても、いつもそれが実現できるというわけではない。これが、人間の「現実」である。それゆえ私たちには、何らかの「秩序」が求められる。それをここでは、「倫理」と呼びたい。しかしこの倫理は、ただ単に私たちに義務や規則・規範の遵守を求める、といったものではない。むしろそれは、物語としての、、、、、、「いのちの倫理」である。この倫理は、まず「いのちの尊厳」を守ることを原点とする。同時にまた、複雑な現実生活の中にあって、具体的諸問題に対してしなやかに相対していく。それによって私たちは、自らの「仕合せ」を目指すと共に、「共通善」の実現へと導かれていくだろう。

本書を彩るキー・ワードたち

 本書『いのちと性の物語』は、次のように三つの部分によって構成される。「物語としての倫理」、「いのちの倫理」、そして「性の倫理」である。
 第一部は、倫理学の概観というよりも、第二部以降で個々の諸問題を取り扱うにあたって、どのような思想基盤・方法論に基づいて考察したら、より良い方向性が見出され得るのか、そのことを提示したものである。より深くまたより確かな考察を進めるために、以下のようなキー・ワードの理解を抑えておきたい――「いのち」「人格(的存在)」「徳」、そして「良心」などである。

西洋と東洋における「徳」の展開

 「いのち」と「生命」は、端的に同じものではない。前者は後者を含みながらも、それ以上の内容をもっている。つまり「いのち」とは、単なる生物学的意味での「生命」に止まらず、ある人の生きがいやライフワーク、更には、生きることの意義そのものまでも含んでいる。この「いのち」は、究極的には、〝いのちそのもの〟に基づいている。

 より〝善き生き方〟へと招かれるために、私たちに求められること――それは、「徳による人格形成」である。徳は、常に善へと関係づけられた習慣であり、それによって私たちは、究極目的としての至福へと導かれる。このような徳について、三つの観点から考察を進めたい。まず西洋思想・哲学において、徳は、どのように理解・展開されてきたのか概観する(アリストテレス)。次にその影響を受容しながらも、キリスト教は、新たにどのような徳の理解を提示してきたのか、それについて言及する(聖書、トマス・アクィナス)。そして最後に、東洋における徳の理解・受容について、ここでは儒教(孔子、孟子)に基づいて検討する。
 「良心」は、人格的存在としての人間の深奥に生得的に刻み込まれている。それは、存在論的に人間存在を根拠づけ、倫理的に人格の成長を促す。「善をなし、悪を避けよ」――これは、私たちに対する良心の要請である。良心は、ただ単に、行為の「正・不正」や行為者の「善・悪」の識別・判断に尽きるものではなく、むしろ、人間が人間として生きるための根本的な状態(ありかた)を開示する。その意味で、良心は、人格とほぼ同意義のものとして捉えることができるだろう。良心は、端的に神の声というよりは、むしろ、そこにおいて神のみ言葉を聴き、神との人格的関係を築くことのできる、と言えるのではないだろうか。このように良心は、人間に求められる二つのこと――善い人間となること(倫理)と聖なる人間となること(霊性)――の邂逅の場でもある。

キリスト教的人間観の重要性

いわゆる「生命倫理」の背景には、「キリスト教的人間観」がある。そこにおいても、人間は、人格的存在として捉えられる。その際、そこで語られる「人格」とは、神との関係において理解された「人格」である。天地万物は、神によって良いものとして、、、、、、、造られている――これは、いわゆる創造論の原点である。この創造の営みは、単なる過去のある時点における出来事ではなく、今もなお継続されている働きである。それはまた、神の恵みの秩序を現わしている。このように万物は、それぞれの存在する意義(良さ・善さ)があるからこそ、存在する。しかし同時にまた、人間の不完全性についても、謙虚な考察が求められるだろう。

 それでは、このような基礎的考察が具体的問題に対してどのような知見を与えるのか。それが本書第二部以降の課題となる。

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