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中川智正に見るオウム真理教事件と解離性障害の複雑な関係

記事:春秋社

オウム真理教第6サティアンの出入り口付近に集まった捜査員たち=1995年5月16日、山梨県上九一色村(当時)=朝日新聞社
オウム真理教第6サティアンの出入り口付近に集まった捜査員たち=1995年5月16日、山梨県上九一色村(当時)=朝日新聞社

解離性障害とオウム真理教事件

 中川智正は坂本弁護士一家殺人事件や落田耕太郎殺害事件などの主犯であり、またサリンの作成と散布にも関わった、オウム真理教事件の重要人物である。しかし、彼がなぜオウム真理教と関わっていったのか、その理由について他のメンバーと異なることはあまり知られていないのではないだろうか。

 中川は極度のストレスから解離性障害を発症し、医者であるにもかかわらず現代医学から見放されて、しかたなくオウム真理教に入信したのである。さらに悪いことに、そこには同じ解離性障害を経験済みの麻原がおり、彼に都合よくコントロールされてしまったのである。

 本来は神がかりのように、神や精霊などと同一化する解離性障害なら、巫病とも呼ばれるようにシャーマンのように生きる道が残され救いはあったかもしれない。しかし、中川が同一化してしまったのは、神でも何でもない一人の人間であり、その人間の感情に大きく左右されてしまうものであった。

 その点から見ると中川は麻原の被害者と言えなくもない。しかし、二人の関係性はそう簡単ではなく、麻原の存在が中川の症状を和らげる効果もあったのであり、共存関係にあったとも言えるのである。この複雑な関係は、オウム真理教事件を考えるうえで重要な視座を与えていると思う。

スピリチュアル難民という存在

 中川だけではなく、オウム真理教には同様な何らかの精神的な問題を抱えた人々が入信していたという。そして、オウム真理教が別の名前の教団となって今もなお活動を続けている事実は、いまだそのような人々が現代社会では生きていけない、もしくは生きにくい状況であることを示唆しているように思う。

 私はそこに健康上の問題だけではなく、スピリチュアルレベルでの深い溝があるからだと考える。中川は子供の時から祖父や友人の死の際にあの世の世界を感じ取っていた。他にも学校に忍者が来てパフォーマンスしたときに、忍術を本気で信じていた。そこには修行をして超能力が得られるということを当たり前に受け取る精神的な下地があったと考えられる。

 おそらく多数派であるあの世や超能力を信じられない人から見ると、なんとバカなことだと思うかもしれない。しかし、肌感覚で感じている人にとってはどちらも事実であり、この点で両者の間には大きな溝が生じているのである。

 特に近代以降、このような目に見えない世界は迷信として片付けられ、理性的・合理的な現代人にふさわしくないものとされてきた。しかし、目に見えない世界を感じる人間は今まで通り存在し続けている。彼らは少数派であり、目に見えない世界が日常生活にまで大きく干渉するような事態に陥ったとき、従来通りの生活ができなくなって、今までの居場所をなくすのである。スピリチュアル難民としてすみかを追われた彼らが行き着いたのが宗教であり、中川にとってはオウム真理教であったといえる。

30年後の今でも……

 この状況はオウム真理教事件から30年経った今もなお変わらないといえる。だからこそ、中川智正の伝記が綴られる必要性があると思う。著者の久保田正志氏は「はしがき」の冒頭に次のように書いている。

 「中川智正は、本来なら伝記など残されるような人間ではなかったろうし、また、なるべきでもなかった。」

 この言葉には長年来の友人であった著者の思いが込められているし、本人も同じ気持ちであったと思う。一般の人と同様に普通に生き死んでいくことができなかった、悪い意味で記録に残ることになったのはなぜか。

 彼が行った行為は犯罪であり多くの人たちを傷つけたことには変わりはない。その罪は重いものであろう。しかし、事件が二度と起きないためには、なぜどのようにして起きたのかを、個人の問題だけに帰せず、社会的視野からも分析する必要がある。

 そして、カルト宗教事件においては、たいてい先ほど述べたスピリチュアルの問題が関わっており、社会全体のスピリチュアルへの理解が進まないかぎり、また同様の教団が生まれ事件を起こすのではないかと思う。本書はその理解の一助になるのではないだろうか。

 最後にオウム真理教事件に関わったすべての方々の安寧を心よりお祈り申し上げて、結びの言葉としたい。

(文責:春秋社編集部)

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