「幼稚な知性を嫌う心」 受け継いだパブリッシャーズ・マインド 梓会出版文化賞特別賞 東京化学同人・石田勝彦さん
記事:じんぶん堂企画室

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梓会出版文化賞は出版文化の向上と発展に寄与することを目的として、出版梓会により1984年に創設されました。対象となる出版社は、原則として出版活動を5年以上にわたって継続している中小出版社。各出版社からの自薦図書と一般読者から寄せられた推薦図書をもとに選考されています。「第40回梓会出版文化賞」には札幌市の亜璃西社が選ばれました。
東京化学同人の石田でございます。今日は大変歴史のある賞を賜りましたこと、社を代表して御礼申し上げます。
理系の出版社が受賞するのはなかなかないというお話を聞きました。この賞は作品や著者を評するものではなくて、出版社を激励する目的と聞いておりますので、少し弊社のルーツと申しますか、そういったことについて話してみたいと思います。
弊社は1961年に、当時、丸善で理工書を編集していた植木 厚、小澤美奈子という2人の人間が創業した会社です。2人とも10代、20代をちょうど第二次世界大戦下で過ごした世代です。特に初代社長の植木は、戦地で実際に戦い、その後シベリアに抑留されるという過酷な体験の持ち主でした。引き揚げの途中で出会った文学青年といろいろ語り合う中で、出版の道を志したと聞いています。
私は若いころ、あまり出来の良い社員ではなくて、皆さんの会社にも1人や2人いると思うのですが、生意気だけが取り柄の社員でしたので、よく呼び出されて1時間ぐらいずーっと説教を食らうことが度々ありました。それが良かったのか悪かったのか、おかげで彼らの創業マインド、パブリッシャーズ・マインドのようなものにじかに触れる機会に恵まれました。その中で二つのことを強烈に受け継いだと思っています。
ひとつは「幼稚な知性を嫌う心」です。
どういうことかというと、若さゆえの未熟さは容認できるし、子供のような純粋さは何歳になっても大切なものです。しかし、本来、人間として熟する段階にある者が、人として未成熟なまま知識と論理のみを振りかざすと、大変陳腐で悲惨な結果を招く、極端な選択をしかねないということです。恐らく植木と小澤は、戦時中にそういった場面を幾度となく目にして、それがもたらす悲惨な結果を、身をもって体験した世代なんですね。ですから知識人の知性というものに対して、大変シビアなものの見方をしていました。知識人の幼稚な主張や政治家の勇ましいだけの発言には、大変手厳しい批判を加える人たちでした。知識人やリーダーの幼稚な知性は全体を狂気に招く。そういう危うさがあるということだと思います。
もう一つ受け継いだのは、「知識を得た者の責任」の問題です。
重要な情報や知識に触れた者には、それ相応の義務と責任が生じるわけで、それをどう行動として表していくかが問われる。そういうことだと思います。ですから、官僚の無責任な不作為などに対して、大変厳しい姿勢を持っている人たちでした。
なんだか科学系出版とはあまり関係がない話になっているように思われるかもしれませんね。でも実はそんなことはないんです。科学技術の健全な発展に貢献することが、私たち科学系出版の第一のミッションです。けれども、科学技術というのはデュアル・ユースであって、使い方によって良くも悪くもなります。アスベストは頑強で便利な建材ですが、扱い方によっては深刻な健康被害を起こしますし、原子力に至っては医療や発電に使えるけれども、一方で破壊的な爆弾もつくれるわけです。
ですから、科学技術を使う「人間のあり方」について、やはり出版社として何らかの定見を持たないと、私たち自身の活動が危ういものになりかねないわけです。このことは、科学技術だけではなく経済学なども同様と考えています。
というわけで、出版を通じて、偏見やバイアスといったものによらず、科学的で実証的な目を持ち、事実をもとに考えられるような知性、あるいは、何をなすべきか、なさないべきかということを、人間の身体感覚や生活といった現実に照らして判断できるような知性、そして、自分が手に入れた知識に応じた義務、責任を行動で果たしていける知性。こういう「成熟した知性」とでも言うのでしょうか、そういうものを備えた人間を増やしていくこと。このことが、世の中が平和的で文化的に発展していく上で極めて重要である。このような考えが、一見、弊社の出版物からは見えないかもしれませんが、弊社の出版活動において一番の根っこの部分にある姿勢であると、私は理解しています。
いま出版業界は変化が激しいので、いろいろなことに挑戦していかなければいけませんが、この根本は崩さず、新しいことに挑戦していきたいと考えています。このたび、大変励みになる機会を与えてくださいました梓会関係者の皆さま、そして弊社と縁を持ってくださっている多くの著訳者の皆さま、出版関係者の皆さま、読者の皆さまに深い感謝を捧げて、挨拶の締めくりとさせていただきます。