国民的漫画の秘密に迫る 別冊太陽『さくらももこ「ちびまる子ちゃん」を旅する』
記事:平凡社
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作品はやはりその人そのものなのだ。
バブルの時代、私たちは世界の違う側面を垣間見た。
そのときに見えたシュールでクールで甘くてかわいくて毒があり色彩に溢れる世界を、ももちゃんは生涯描き続けた。――巻頭エッセイ「偉大な冷たさ/吉本ばなな」より引用
『ちびまる子ちゃん』の世界を多角的に読み解く本書。多くの著名人や識者が多種多様なエッセイや論考を寄せてくれたが、巻頭を飾るのは作者・さくらももこさんが生前に親しく交流していた吉本ばななさんのエッセイだ。作品世界の核となる思想を「冷たさ」と表現し、親しくしていた吉本さんだからこそわかる作者の人間性と作品世界のイメージを重ねている。
「昭和40年代」という時代を映す鏡だった『ちびまる子』ちゃんは、語っても語り尽くせないほど多様なキーワードを内包している。たとえばその時代の「小学3年生」の学校生活、「ローラースルーGOGO」などの懐かしの玩具、子どもたちの社交場、“駄菓子屋” 全盛期、「ツチノコ」や「ノストラダムス」など熱狂的なオカルトブーム、いかにも昭和な「ヤラセ」満載のテレビとCM……。本書では、それぞれのテーマで作品を切り取り、なぜ私たちが『ちびまる子』に魅了されるのかを解き明かしていく。
また、美しい原画やさくらももこさんの仕事の現場など貴重な資料が収録され、これまであまり明かされてこなかった作者の実像にも迫っている。
とはいえ、まだマンガ時代はカルトな人気だった「ちびまる子ちゃん」が、広く認知されるのは90年の年頭から始まったTVアニメからだろう。日曜夜6時、「サザエさん」の前枠という編成の力も大きい。TVアニメの「サザエさん」は、時代に合わせてキャラクターの身なりや茶の間の家具などをリニューアルしているから、「ちびまる子の世界より古臭い」と一概には言えないけれど、サザエさん一家にはない“クールな批評眼”や“脱力感”を「ちびまる子」の人々は持ち合わせている。
なつかしき70年代の生活風景を描きながらも、キートン山田の弁士スタンスのナレーションによって、垢抜けない本気の時代に茶々が入れられる。ブレイクしはじめたのはバブルの時代だったが、むしろバブルがハジケた後の90年代的脱力感が「ちびまる子ちゃん」の世界には漂っていた。
派手なユーロビートのサウンドにノンセンスなさくらももこの詞がノッた「おどるポンポコリン」は、あの時代を反映する素晴らしいテーマ曲だった。 ――エッセイ「脱力した70年代ノスタルジー/泉 麻人」より引用
コラムニストの泉麻人さんが本書に寄せてくれたエッセイで書いているように、作者が少女時代を過ごした「昭和40年代の静岡県清水町」を舞台にしたエッセイ漫画は、平成の時代を代表する国民的アニメとしてブレイクを遂げる。『ちびまる子ちゃん』の時代は昭和であり、平成でもあるのだ。
本書を手引きに作品世界を解き明かすことは、私たちが生きてきた昭和から平成の流れを再確認する助けとなってくれるはずだ。