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なぜ米国とイランは戦争をするのか 宮田律『黒い同盟 米国、サウジアラビア、イスラエル』より

記事:平凡社

本書の著者、宮田律さん。現代イスラム研究の第一人者として、各メディアからイランと米国の関係性に関して意見を求められている(写真提供/宮田律)
本書の著者、宮田律さん。現代イスラム研究の第一人者として、各メディアからイランと米国の関係性に関して意見を求められている(写真提供/宮田律)

『ゴルゴ13』が見た米国・サウジの特殊関係

 漫画家のさいとう・たかを氏は、『ゴルゴ13』の中で中東の某国指導者が偽物だという設定で話を描いたところ、その国の大使館から抗議が編集部に来て驚いたことがあるそうだ。

 『ゴルゴ13』第58巻(「110度の狙点」、1983年2月発表)は、サウジアラビアが舞台のストーリーとなっている。国王顧問のザルマン王子の姪がニューヨークで暴行され、殺害される。ザルマン王子は、ゴルゴ13に犯人の殺害を要請するのだが、実は犯人は自分の息子で、王位継承順一位のナジャー皇太子だったことが判明する。そこで、ザルマン王子は、ハリージュ派(「不敬虔」と考えた者たちを殺害するハワーリジュ派なら実在するが)の刺客たちをニューヨークに送り、ゴルゴ13の暗殺を試みる。しかし、ゴルゴ13 は、ハリージュ派の刺客だけでなく、ナジャー皇太子までも殺害する……。

 当時のファハド国王やレーガン大統領など実在の人物も登場するが、たしかにサウジアラビア大使館が見たらクレームがつきそうな内容だ。

 ザルマン王子の発言として、「我が国が昨年、米国政府より購入した兵器の総数は55億ドル! 他を圧する世界一の購入国であります! その半分を、フランス、西ドイツにふり向けると通告しただけでレーガンの首は危うくなります……。大軍需産業と国防総省の産軍複合体が有する威力を彼は知り抜いているはずです!」というものがある。また、ザルマン王子はファハド国王に「万が一、イスラエルが核を使うハメに陥っても対象はイランであること!!」と進言する。

 何やら現在のサウジアラビアへの武器売却に熱心なトランプ政権とカショギ記者殺害にまつわるムハンマド皇太子の姿勢がダブるような古くて新しいテーマであり、1980年代前半の中東情勢や国際関係からこの地域がまるで変化していないようだ。

力ある腕とかぎ爪の力により 力無き貧者のかぎ爪を打ち負かすのは過ちである サーディー『ゴレスターン』(第1章第10話)

 このペルシア文学の詩人サーディーの言葉は、現在のサウジアラビアの人権侵害を批判するかのようである。サウジは暴力で言論を抑圧しようとする姿勢が顕著だが、これは言論の自由を保障する国連憲章にも違反する。自由や民主主義を標榜する米国がことあるごとにサウジを擁護するのは矛盾しているが、この同盟関係が今後、中東地域の大きな変動をもたらすことは十分考えられる。ムハンマド皇太子のサウジアラビアはカショギ記者殺害、あるいはカタールとの断交に見られるように、協議や対話よりも、力で秩序をつくるという姿勢が顕著だからだ。

中東周辺地図(平凡社新書『黒い同盟 米国、サウジアラビア、イスラエル』より転載)
中東周辺地図(平凡社新書『黒い同盟 米国、サウジアラビア、イスラエル』より転載)

 日本は、隣国イエメンに爆弾を落とし、国の内外のメディアに不当な圧力をかけるサウジアラビアに、石油輸入の40%を依存している。この国の人権侵害や戦争、あるいはこの国が目指す中東の秩序にどう向き合うか、日本でも議論があってよい。

 特に日本で米国との強固な同盟関係の維持を訴える政治指導者たちがいる限り、サウジアラビアと米国の「黒い同盟」には注意や配慮が必要だ。トランプ政権の米国、ムハンマド皇太子が主導するサウジアラビア、また強硬なネタニヤフ首相のイスラエルは反イランで緊密に連携しつつある。

 イランは2015年に成立した核合意を順守しているとIAEA(国際原子力機関)も再三確認しているが、それでもこの三国は、イランは信用できないと言い張り続けている。

 トランプ政権は、19年5月に、イランの軍事的脅威があるとして、エイブラハム・リンカーンなど空母打撃群をペルシア湾に派遣し、またB52戦略爆撃機もカタールの米軍基地に展開させ、ペルシア湾地域の緊張はいやが上にも高まるようになった。

 この三国に同調する国はきわめて少なく、これら三国の主張や行動は不合理と見えるが、それでも世界に重大な影響を及ぼす同盟である。現在の国際社会、あるいは中東地域の闇をこの「黒い同盟」関係から考え、何がこの地域や国際社会に重大な不安定をもたらしているのか、また日本はイスラエルも含めたこの同盟にどのように対応していけばよいのか、本書ではその理解のための素材を提供したい。

※平凡社新書『黒い同盟 米国、サウジアラビア、イスラエル「反イラン枢軸」の暗部』より抜粋

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