「オープンダイアローグ」紹介に悩む書店員の対話 紀伊國屋書店員さんおすすめの本
記事:じんぶん堂企画室
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書店員M(以下M):「ずいぶん悩んでいるようだね。何か手伝えることはあるかい?」
書店員K(以下K):「うん、そうだね。オープンダイアローグ(Open Dialogues; OD)についてわかりやすくまとめる必要があるのだが、難儀している。フィンランドで1980年代から実践されている急性期精神医療のアプローチで、なるべく薬物治療や入院に頼ることなく、当事者やその家族、知人、さらに医師や看護師、心理士などの社会的ネットワークによる対話の力で、統合失調症を含む精神疾患を治療し、きわめて良好な成績を上げてきた、くらいしか知識がなく、ウェブ上の記事を読んでもいまひとつピンとこないのだ。そういえば、君は心理学や精神医学も担当していたね。このテーマも詳しかろう」
M:「それは買いかぶりだ。書店員など、担当分野の『流行』を少し知っているだけさ。しょせん素人で専門家ではないのだよ。本の紹介くらいはやぶさかではないけどね」
K:「知命だというのに、相変わらず面倒なやつだ。それで何から読んだらいいのかね」
M:「まずは斎藤環『オープンダイアローグとは何か』(医学書院)だろう。薬を使わずに統合失調症が治る、と聞いて最初は『半信半疑』、まあ当然だとは思う、だった著者が関連のドキュメンタリー映画(現在はYouTubeで無料公開されている)や論文、著作を読みあさり、
結論から言いましょう。いまや私は、すっかりオープンダイアローグに魅了されてしまっています。ここには確実に、精神医療の新しい可能性があります。『オープンダイアローグとは何か』P.12
と興奮を隠すこともなく宣言するくだりは感動的ですらある。本書のメインである第二部は、ODを主導してきたヤーコ・セイックラらの論文3本の翻訳なのだが、第一部の解説を参照すれば読み通すことは難しくないだろう。巻末の用語解説も親切だし、日本でのOD普及を目指す著者のあとがきは、本書刊行の裏話を含めて、楽しく読めるはずだ。これをまとめるだけでじゅうぶんじゃないかな」
K:「なるほどね。著者がハイテンションの学術書はよさそうだね。ところで、著者が読みあさったという本は日本語で読めるのかい?」
M:「もちろんだ。前述のセイックラと、ODと密接な関わりがあるやはり対話によるアプローチである未来語りダイアローグ(Anticipation Dialogues; AD)の開発者であるトム・アーンキルの共著がそれだ。『オープンダイアローグ』(日本評論社)と『開かれた対話と未来 今この瞬間に他者を思いやる』(医学書院)の2冊が翻訳されている」
K:「未来語りダイアローグかい? ODとADの関係もよくわからないな」
M:「そうだね、あまり明示的には説明されていないような気がする。厳密には別々のものなのだろうけど、『ダイアローグの思想』に基づく対人援助のアプローチとしていずれも必要不可欠、と理解しておけばいいように思えるがね」
K:「なるほどね。それで、どちらを読むべきだろう」
M:「後者の斎藤による解説によれば、重なるところも多いが、前者はどちらかといえば『入門編』の趣で、原則や手法的側面の解説や説明が詳しく、後者は『今この瞬間に他者を思いやる』ことの意義がより重点的に記されているそうだ。精神医療関係者ならば双方とも読んで頂きたいところだね。ただ専門家以外には少し難しいかもしれない」
K:「難しいとなると躊躇(ちゅうちょ)してしまうな」
M:「君なら読めると思うよ。僕が(少なくとも後者は)読み通せたくらいだからね。あるいは斎藤の2019年の新著『オープンダイアローグがひらく精神医療』(日本評論社)がいいかもしれない。ODに出会って以降の、「対話」をめぐるエッセイや論文をまとめた一冊だ。書評や対談なども含まれるのだが、ちなみに臨床家としてのラカン派精神分析からの転向の表明は少なからず衝撃だった、そのためか内容的に重なる記述も多く、そしてそれゆえにODの重要ポイントがはっきりとわかるのだよ。こんなところでどうだい、少しは役に立ったかい?」
K:「ああ、大いにね。文字数もちょうどだ。この会話がそれなのさ」
M:「謀ったな」
K:「いつものことだよ」