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出口治明さんの読書術 本選びには「新聞の書評が参考になる」

記事:じんぶん堂企画室

立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さん
立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さん

速読は百害あって一理なし

――たくさん本を読んでいます。

 僕に趣味がないからですよ。食べて寝ること以外に、本を読むことしか趣味がない。後は旅ぐらいかな。

――本を読むのは速いですか?

 「速読は百害あって一理なし」とずっと言い続けています。僕は、読書は著者と対話することだと思ってます。対話しながら読むので、そんなにたくさん読めません。本を書いた著者も速読されたらうれしくないでしょう? 最近は忙しいので週に3冊読むのがやっとです。

――本はどうやって選んでいますか?

 最初の10ページを読んで面白ければ全部読みます。たくさんの本を送っていただきますが、全部、最初の10ページは読みます。読んで面白くなければ、APU(立命館アジア太平洋大学)の図書館に寄贈しています。なぜ10ページかといえば、読んでほしいと本気で思って書いている著者は、書きだしに力を入れるからです。最初の5ページ、10ページが面白くない本は、最後まで読んでも面白くない蓋然(がいぜん)性が圧倒的に高いと思います。

『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)
『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)

新聞の書評に間違いはない

――新聞の書評を参考にしているそうですね。

 人によっては新聞の書評よりもアマゾンの書評の方が役に立つとか言っている人がいますが、とんでもない。新聞というのは見えっ張りですから有名な学者を書評委員にします。書評欄を読む人はだいたい本が好きな人なんで、書評委員がアホな本を、アホな文章で紹介したら、その学者のレピュテーション(名誉)が瞬時に落ちます。この先生は有名やけど、こんなしょうもない本を、こんなしょうもない文章で取りあげているんだから本当はアホやな、と。大学の先生はそう思われることが何よりも嫌な人が選ぶ職業ですから、俺の力を見せてやろうと思って、真剣勝負で必死に書く。そういうプロが必死に書いたものを読んで、面白いと思ったらまず間違いはありません。

――ネットの書評は参考にしますか?

 一橋大学の楠木建先生は「アマゾンの書評を読みますか?」という質問に対して、「名前すら明らかにしない有象無象の人が書きなぐったものを読むだけ時間の無駄だということは大学生くらいになったらわかるよね」といった話をされていましたが、その通りだと思います。僕も1回だけ読みましたがそれっきりですね。1回だけ読んだ書評というのは、友人がわざわざ「お前の書いた本がアマゾンでボロクソに言われているぞ」とメールしてきたので「どのようにぼろくそ言うてんのやろ? 見たろ」と思ったからです。読んでみたら、まったく論評に値しないレベルでした。その代わり僕は全部、著作には個人のメールアドレスをオープンにしています。読者が言ってきたことに対してはだいたい9割以上、答えていますよね。時間がないときは申し訳ないのですがスルーしますが。

――本を読んでもなかなか頭に入らないという声も聞きます。どうしたらいいでしょうか?

 僕は本を読むときは熟読しているので、昔は読んだらすべて内容が頭に入りました。最近はさすがにそうもいかなくなりました。書評を書くようになってからは、ページに折り目をつけたりしています。人それぞれ、個人によって違うので、このように読んだら内容が頭に入るなんてことは言えません。学校の試験勉強と同じで、ノートに書いたら理解できるという人もいるだろうし、本に線を引く人もいるでしょう。楠木建先生は毎日2冊読まれているそうですが、寝転がっておせんべいをぼりぼり食べながら本を読むのが一番頭に入るとおっしゃっていました。

本を読まない社会は衰える

――「読書離れ」が指摘されています。

 「若者の本離れ」とかいっていますが、無責任な話です。大人が本をたくさん読んでいれば、彼らもまねするんですよ。僕は、学長を務めているAPUの入学式では、必ず本を読めと話していますし、抽象論で読めといってもわからないので、僕がすすめる本のリストをつくって一人ひとりに渡しています。図書館や生協に、僕の選んだ本のコーナーもつくらせています。

 これは有名な話ですが、財界随一の読書家として知られた元東京電力会長の平岩外四さんは、いつも本を読んでいた。部下が部屋に入ってきても、ずっと本を読んでいた。だから部下も平岩さんが読んでいる本のタイトルを見て、その本を読んだそうです。もちろん、半分はゴマすりかもしれませんが、半分は「会長がこんなに夢中になっている本ってどんな本だろう」と興味を持ったんだろうと思います……。人間がかしこくなれるのは「人・本・旅」以外にないと思っています。たくさん人に会い、たくさん本を読み、いろいろな現場に足を向ける。本はまとまった知識を与ええくれる一番良いツール。本を読まない社会は衰退していくでしょう。

恥ずかしい本は出版するな

――それにしても、本が売れません。

 北京や上海に行って、書店の店頭にどんな本が並んでいるか、見てきてください。毛沢東やマルクスの本はほとんど見たことがありません。並んでいるのは中国の歴史や古典。それからハーバード大学やMIT(マサチューセッツ工科大学)の教科書の翻訳です。

 日本は異常だと思います。英語に翻訳できないような恥ずかしいタイトルの本が書店に山のように並んでいる。買ってもらうために出版社は「ヘイト本」のような本も出していますが、こういうことはやめるべきです。想像してみてください。クラスの誰かが「僕はクラス中の人に好かれているけれど、隣に座っているA君はクラスのみんなから嫌われている」なんてことを発言したら、その人はどんな人だと思われますか。「ヘイト本」はそれと同じことをやっているわけです。見識もなく「売れたらいい」という本作りをしていれば、短いスパンで見たらもうかるかもしれませんが、長い目で見たらその出版社や出版業界の評価を下げていくだけです。

 良い本は売れます。例えば『君たちはどう生きるか』(新潮社)は100年近く前の本でしょう? 編集者も「本離れ」を嘆くくらいなら「出版業とは何か?」「何のために自分は本を作っているのか?」と仕事の本質を突き詰めて考えてみるといい。「めちゃ面白い本を出したるで。どうや読んでみい」というくらいの気概を持たないと。インターネットの影響で本が売れないという声もありますが、本当にそうでしょうか。ネットのせいにするのは無責任で、自らを買いかぶっていると思います。

(聞き手 土屋敦(書評サイト「HONZ」創刊編集長)、構成 海老原由紀、写真 時津剛)

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