1. じんぶん堂TOP
  2. 哲学・思想
  3. 能町みね子 「結婚」のまえ・「結婚」のあと

能町みね子 「結婚」のまえ・「結婚」のあと

記事:平凡社

福山駅前シネマモードで開催された「能町みね子さんと読書会」(写真提供:福山駅前シネマモード)
福山駅前シネマモードで開催された「能町みね子さんと読書会」(写真提供:福山駅前シネマモード)

タイトルに込められた思い

――『結婚の奴』というタイトルはどう決まったのでしょうか?

能町:もともとは平凡社のウェブマガジンで連載していたんですけど、連載中は『結婚の追求と私的追究』という論文風の固めのタイトルだったんです。でも、書き終えた時に、このタイトルで出すのはしっくりこなくって。そこで最初に考えたタイトルは『ジェラートピケ・ストロングゼロ』でした。

――最初の章のタイトル「ジェラートピケ」と最後の章のタイトル「ストロングゼロ」を組み合わせたタイトルですね。

能町:ええ。でも、商標とかの関連で、(平凡社の)法務の方からNGが出たんですよね。で、『ジェラートピケ・ストロングゼロ』はダメだということになったんですが、そこから決まるまでが長くて……。この本は「生活」を描いた本でもあるんで、「生活」というワードを使ったタイトルをいくつか考えたんですが、それもしっくりこなかったんです。決めかねていた頃に、本にも出てくる「星男」というバーに飲みに行ったんですが、マスターの宗(むね)くんから、「結婚のやつ、読んでるよ~。いつ本になるの?」って言われて。それで、「“結婚のやつ”っていいな!」と思ったんです。「奴」は、嫌いだけど気になる人に対して使うし、奴隷の「奴」でもある。結婚制度は嫌だけど気になってしまうし、それの奴隷にもなっているという意味も込められる。それで『結婚の奴』に決まりました。

――「結婚の奴(やっこ)」と読んでしまったという声もありました。

能町:(笑)。昔の小説では「奴(やっこ)さん」と、人への呼びかけに使ったりしていますが、現代の小説ではなかなか見ない表現ですよね。読みは「けっこんのやつ」でお願いします(笑)。そうそう、『結婚の奴』に決まったのは、読みが7文字だったことも大きいです。

『結婚の奴』目次より
『結婚の奴』目次より

――各章のタイトルも7文字ですよね。

能町:1章が「ジェラートピケ」、2章が「エクストレイル」……。そして最後が「ストロングゼロ」。連載は1章が「ジェラートピケ」、2章が「ソファーベッド」だったんです。固有名詞と一般名詞が混ざっていたんですが、本にする時に、この時代の空気感も残したいなという思いがあって、すべて固有名詞に統一しました。10年後、20年後に読んだ時に、何のことかわからなくなっているのがいいなと思って、本の中にも意識的に固有名詞をたくさん出したんです。

「結婚」で変わったこと・変わらないこと

――『結婚の奴』は、サムソン高橋さんと一緒に暮らし始めるあたりで終わっています。その後のサムソンさんとの生活はどうですか?

能町:よく聞かれるんですが、特に何も言うことがないんですよね~……。二人でいる時はお互いにスマホしたりで何も話さないこともあるし。

――最近は能町さんやサムソンさんのSNSによく猫の小町ちゃんが登場していますね。猫のいる暮らしはどうですか?

能町:そういえば、猫を飼ったことで、二人の仲がこじれたかもしれない(笑)。猫を飼うことに、アキラ(サムソンさんの本名)はあまり積極的じゃなかったんですよね。最終的に「あんたが世話するんだったらいいわよ」って言われて。小学生と親のようなやり取り(笑)。アキラは小町に話しかけたりもしないんですよ。

飼い猫の小町ちゃん(写真提供:能町みね子さん)
飼い猫の小町ちゃん(写真提供:能町みね子さん)

――SNSを見ている限りだと、サムソンさんもかわいがっていそうですけど。

能町:アキラの方が家にいて、小町と一緒にいる時間が長いからかもしれないですね。私は朝ごはんを食べてから仕事場に出かけて、23時ごろに帰ることが多いんで。で、家に帰ってからはずっと小町と遊ぶんです。たまに家にいて遊んでくれる人に子供が懐くという、昭和のお父さんの逆バージョンです。

――能町さんが「昭和のお父さん」ということは、家事は全部サムソンさんがやっているんでしょうか?

能町:はい。私はほんとうに家事ができないんで「お金を払うから家事をやって」とお願いして、毎月給料みたいな感じで渡しています。でもアキラは生活費をバイトでまかなっているので、私が渡したお金は結構貯めてるみたいです。

――サムソンさんとの「結婚」で物理的にも精神的にも大きな変化があったわけですが、本の中で、気持ちが暗い方向にいくことを「ギアが入る」と表現されていましたね。いまの暮らしでギアが入ることはありますか?

能町:家にいる時はもうないんですよね~。小町もいるし。

――ひとりでいる時は?

能町:物理的にひとりになるのは喫茶店で仕事をしている時なんですけど、捗らないとギアが入りますね。マイナスなことを考えてしまう。そういう時は、場所を移動するようにしています。ギアが入った場所から離れると、気持ちも変わりますよ。

それぞれの「結婚」のかたちがあっていい

会場からの質問に答えるかたちでイベントは進行した(写真提供:福山駅前シネマモード)
会場からの質問に答えるかたちでイベントは進行した(写真提供:福山駅前シネマモード)

――『結婚の奴』は、能町さんご自身の恋愛が題材になっています。エッセイでしょうか、私小説でしょうか?

能町:帯に「文芸・エッセイ」とあるんですが、書店向けの表示であって、私自身は私小説のつもりで書きました。そういえば、私の本はコミックエッセイの棚に置かれていることもあるんですが、これまで一度も書いたことがないんで不思議なんですよね。

――フェイクの部分はありますか?

能町:名前くらいですかね。「相磯さん」は仮名です。実際に珍名の人でしたけど。あとハンドルネームの「ルカ」も大学時代の友人も仮名。

――相磯さんがドゥー・アズ・インフィニティを好きだったのは?

能町:本当です(笑)。

――『結婚の奴』には、相磯さんはじめ、恋愛をいろいろと試してみたけれど向いていなかったという、能町さんが今のような「結婚」をするに至った経緯が書かれています。ネット上では、サムソンさんとは法的には結婚していないので単なる同居じゃないか、みたいな声もありますが、どうお考えでしょう?

能町:戸籍上の結婚をしていてもまったく信頼関係を結べていない夫婦もいるし、事実婚で人がうらやむような関係を築いている人たちもいますよね。当人と周りが「結婚」だと認識していれば、いいと思うんですよね。『結婚の奴』では、結婚の概念をぶち壊すことがしたかったんです。いまは同性の結婚もあるし、本に書いたように、彼氏がいても男友達と家族ぐるみで仲がいい関係という人もいる。みんな、自分の考えるかたちの「結婚」をすればいいと思います。

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ