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『WIRED』日本版前編集長・若林恵氏がイチ押しする『文化人類学の思考法』

記事:世界思想社

『文化人類学の思考法』(世界思想社)
『文化人類学の思考法』(世界思想社)

 考えるって、めんどうくさい。限られた人生、細かいことは気にせず、ぼぉっと気楽に生きていたい。学問を仕事にしていても、ときどきそう思うことがある。

 毎日、テレビやインターネットから、たくさんの情報が降り注いでくる。あきれてしまう報道も多い。なんでそうなるんだ、と怒りが込み上げてくる。そんなとき、どうすれば世の中が少しはましになるのか考えなければ、という気になる。でも同時に、考えてもしかたない、何も変わらない、聞かなかったことにしよう、と誘惑する声も聞こえてくる。

 考えるためには、時間の余裕が必要だ。気力や体力もいる。でも、それだけではない。なにより、筋道をたてて思考するための「方法」がいる。うんうんとひとりで頭をひねりまわしても、考えは深まらない。

 考えるために役立つ道具箱をつくりたい。しかも、文化人類学というユニークな学問が育ててきた思考の道具がたくさん詰まった道具箱を。この本は、そんな思いで編集された。

 一三人の執筆者は、いずれも大学で文化人類学を学び、教えている。その研究のフィールドは幅広い(地域は日本・アジア・ヨーロッパ・アフリカにまたがり、テーマも科学技術から宗教、芸術、経済、政治、家族、医療などさまざま)。みんな文化人類学の調査法であるフィールドワークをすることや、その成果であるエスノグラフィ(民族誌)を書くことを通して、途方に暮れるような複雑な現実をどう理解すればいいか、いまも「考える」ことに向き合っている者たちだ。

 文化人類学者は、いろんな現場であらゆることに首を突っ込み、たくさんの出来事に直接かかわろうとする。そうするうちに、さまざまな事柄が絡み合って、単純に白か黒か判断できない状況が浮かび上がってくる。

「メインビジュアルは、上や下から覗いたり横から見えたり、さらには線の集合として平面に見えたりします。これで文化人類学という視点を表現しています」(デザイナー・尾原史和さん)
「メインビジュアルは、上や下から覗いたり横から見えたり、さらには線の集合として平面に見えたりします。これで文化人類学という視点を表現しています」(デザイナー・尾原史和さん)

 学問によっては、要素を限定して枠組みを狭めて考えようとするのだけど、文化人類学は、むしろどんどん要素を増やして複雑さに満ちた世界そのものを描きだそうとする。だって、フィールドの人びとも私たちも、日常のなかでは経済とか、政治とか、家庭生活とか、いろんなことを簡単には切り分けられない、ひとつの生を生きているのだから。

 そんな複雑な世界をまえに、文化人類学は、一見、無関係にみえることを比較対象にしたり、私たちが「常識」だと信じる物事の切り分け方とは違う枠組みをもってきたりして、考える。理屈だけでなく、現場で自分の身体に生じた違和感や変化にも目を凝らす。フィールドの人びとの感じ方や考え方と、自分たちが身につけてきたものとの間を行ったり来たりする。この遠回りにみえるプロセスを、文化人類学は大切にしている。その道のりは単純じゃなくて、はじめは戸惑うかもしれない。でもきっと、そこから見えてくるあたらしい世界をおもしろく感じるようになるはずだ。

 もともとこの本は、大学で文化人類学を学ぶ学生に向けた教科書になるはずだった。でも時間をかけて各章の内容を考え、執筆者と対話を繰り返して書き方を工夫していくうちに、学生だけでなく、もっと多くの人に何かを伝えられるのではないか、という思いが強くなった。企画の立案から本の完成までに四年をかけた。文化人類学の古典から最前線の研究までを見通せる、中身が濃くて骨太だけど、できるだけ読みやすい本にしようとしてきた。

 文化人類学をまったく知らない人も、これから勉強してみたい人も、考えることに行き詰まっている人も、もっと違う角度から世の中のことを考えてみたい人も、すべての考える人のためにこの本は編まれた。

 もちろん、なにか明確な答えが書かれてあるわけではない。そもそも考えるべき問いがみんな違うのだから、答えはそれぞれに違う。重要なのは、どうやってその答えにたどり着くルートを探索するか、その目のつけどころやアプローチの方法だ。

 考える旅のお供として、風変わりな対話のパートナーとして、文化人類学のユニークな思考法を多くの人に知ってもらいたい。それが、世の中をほんのちょっとましにするんじゃないかと、執筆者一同、信じている。

(『文化人類学の思考法』より抜粋)

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