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『21世紀の資本』の原点――ピケティ『不平等と再分配の経済学』

記事:明石書店

『21世紀の資本』の原点を成すロングセラー書

 本書は、所得格差に代表される経済的不平等の問題を、経済学の基礎理論を応用しながら、かつまたその他の専門分野、すなわち政治学、社会学、並びに教育学などの幅広い分野を視野に入れながら分析したものである。その際にピケティは、様々な理論に光を当てると同時に、それらの正当性を歴史的かつ国際的な比較を通して問うことに力を注ぐ。それによって適切な分析枠組みを抽出することが、本書の最大のねらいである。

 本書は、標準的な概説書としての性格を基本的にもつものであり、1997年に初版が出されて以来、今日まで7版を数えるフランスのロングセラー書となっている。本書は、ピケティを一躍世界的に著名な経済学者とした、あの『21世紀の資本』よりはるか以前に出版されたものである。端的に言って、本書はその原点を成すものである。ピケティ自身、本書の中で『21世紀の資本』を引用すると共に、現代世界の経済的不平等を論じる際の理論的枠組を、基本的に本書の分析に則って示していることからも、そのことがよくわかる。アイリツシュ・タイムズ紙における本書の英語版の書評で、本書が“『21世紀の資本』における基本的なアイデアを提供している”と指摘されたことは、その点で正鵠を射ている。

映画『21世紀の資本』 配給:アンプラグド 2020年3月20日(金)より新宿シネマカリテ他全国順次公開 (c)2019 GFC(CAPITAL)Limited & Upside SAS. All rights reserved 監督:ジャスティン・ペンバートン 監修:トマ・ピケティ 製作:マシュー・メトカルフ 編集:サンディ・ボンパー 撮影:ダリル・ワード 音楽:ジャン=ブノワ・ダンケル 原作:トマ・ピケティ『21世紀の資本』(みすず書房) 出演:トマ・ピケティ ジョセフ・E・スティグリッツ 他 提供:竹書房 配給:アンプラグド 日本語字幕:山形浩生 2019年/フランス=ニュージーランド/英語・フランス語/ 103分/カラー/シネスコ/5.1ch
映画『21世紀の資本』 配給:アンプラグド 2020年3月20日(金)より新宿シネマカリテ他全国順次公開 (c)2019 GFC(CAPITAL)Limited & Upside SAS. All rights reserved 監督:ジャスティン・ペンバートン 監修:トマ・ピケティ 製作:マシュー・メトカルフ 編集:サンディ・ボンパー 撮影:ダリル・ワード 音楽:ジャン=ブノワ・ダンケル 原作:トマ・ピケティ『21世紀の資本』(みすず書房) 出演:トマ・ピケティ ジョセフ・E・スティグリッツ 他 提供:竹書房 配給:アンプラグド 日本語字幕:山形浩生 2019年/フランス=ニュージーランド/英語・フランス語/ 103分/カラー/シネスコ/5.1ch

歴史的・国際的な実証分析/教育の不平等/租税をつうじた再分配

 では、そのアイデアとは何か。それは大きく分けて三つあると思われる。第1に、歴史的かつ国際的な比較を通して経済的不平等を実証する点。これは、時間、空間、並びに不平等の三つの次元を統合して捉えるという視点を表す。第2に、経済的不平等とりわけ労働所得の不平等の要因として教育の不平等という視座が据えられる点。これは、人的資本の根本的問題を問うことにつながる。そして第3に、経済的不平等を解消する最有力な手段として、租税をつうじた財政的再分配の政策が唱えられる点。これは、社会における財政資金移転の意義を見出すものである。

 これらの分析枠組が本書ですでに提示され、それは『21世紀の資本』に受け継がれる。さらにこの点は、2019年に出版されたピケティの最新の大著である『Capital et Ideologie』(『資本とイデオロギー』邦訳版未刊行)にもそのままあてはまる。そこでは、膨大な文献・資料に基づいた歴史的かつ国際的な実証が行われ、その中に、以上に見た三つの視点をはっきりと見ることができる。このようにして見ると、本書は、『21世紀の資本』と『資本とイデオロギー』という2大大著における分析の原点を成す考えを示していると言ってよい。この点で本書は、それらの大著と並行して読まれて然るべきものであろう。

財政的再分配による不平等解消政策を提言

 最後に、本書のハイライトとも言うべき論点に触れておきたい。それは、とくに労働所得の不平等に注目しながら、その是正のための手段を論じている点である。今日、賃金労働者の間で、信じられないほどの所得格差が生まれていることはよく知られている。一方で経営者は莫大な報酬(現金と株式)を要求できるのに対し、一般の賃金労働者は当然にそうすることができない。とりわけ非正規のかれらは、極端に低い賃金に甘んじている。この理不尽な労働所得の不平等という世界をぜひとも変えなければならない。

 ピケティは以上の問題意識の下に、最適な不平等の解消手段として、財政的再分配という考えを前面に打ち出す。これは単純に言えば、高所得者から低所得者への資金移転を表す。そこでは、より高い所得に一層の税金を課す累進税が大きな役割を果たす。これによって、低所得者の生活条件が改善されることは間違いない。そして資本主義の歴史の中で、そうした累進税と相続税を課すことによって初めて、利潤を一人占めにする社会への一方的進展を阻止することができた。ピケティはこう唱える。そこで彼は、高所得に対する課税を一層強めるという考えを、その後も一貫して主張する。例えば、フランスで左派が実施した連帯富裕税を、ピケティは積極的に支持する。それゆえ、マクロン政権下で連帯富裕税が撤廃されたのに対し、彼は、同税の復活を訴える「黄色いベスト」運動の正当性を統計的に実証しながら、マクロンを痛烈に批判した。

 他方でピケティは、資本所得分布の偏りが急速に進んでいる姿も、もちろん見逃していない。現代の社会が、1兆円を超える巨大資産を持つ富豪に対して、資産を持てない人々が数多く存在するというような、資産の極端な不平等の社会に移行している現実を彼は直視する。そこで、そうした社会の是正のためにも、ピケティは労働所得の場合と同じく、資本に対する累進税の強化を提唱するのである。以上に見られるように、ピケティは、累進税をベースとした租税改革という財政政策の転換を通して、低所得者の権益を増大させるという視点を今日まで一貫して打ち出している。本書はまさに、その基点を示すものであると言えよう。

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