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スピーチ上手になるには“脱日本人”が近道?! 齋藤孝『恥をかかないスピーチ力』より

記事:筑摩書房

original image:goleiro35 / stock.adobe.com
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もじもじして恥ずかしがるのが一番みっともない

 私はかねがね思っていることがあるのですが、それは日本人の「恥をかく」という観念がちょっとズレているのではないか、ということです。いくら話がつまらなくても、話が短ければ人に苦痛を与えないので、恥ではありません。恥ずかしさのあまり、前置きが長くなって、ぐだぐだ言いわけがましいことを言っているほうが恥ずかしいと思います。

 「今から歌ってください」と言われて、「いや歌なんてとんでもない」と照れて、ぐずぐず時間を無駄にしている人を見かけますが、歌わないほうがよほど恥ずかしく見えます。私の授業では学生にいろいろなことを要求します。英語の先生になりたい学生のクラスでは、「ではこれから英語の歌を歌ってください。サビの部分だけでいいです。三〇秒から一分くらいで、大きい声でお願いします」と指示します。

 すると歌う前に躊躇して、なかなかやらない学生がいます。その一方で、腹をくくってフルパワーで歌う学生も出てきます。恥ずかしがって中途半端でいる自分が一番みっともなくて恥をかいていることが、それでわかるのです。

 もじもじしていれば、恥ずかしさから逃れられるとか、謙虚に初心者であることをアピールすれば、被害が少なくてすむ、と思うのは大間違いです。中途半端が一番いけません。先日、TBSの『新・情報daysニュースキャスター』という番組に出ていた時に、エンディングの残り時間が一八秒になり、用意していたネタをやるには短すぎるということになりました。その前日にハリセン芸で有名なチャンバラトリオが解散を表明していたので、エンディング直前のCM中にたけしさんがアドリブを考えて、ディレクターがハリセンで次々と出演者をたたいていくことになりました。

 最後に安住紳一郎アナウンサーとたけしさんをたたくのですが、安住アナウンサーが伏せてハリセンをよけ、たけしさんにハリセンが思い切り当たってしまうというシナリオです。その時安住アナとたけしさんが「ここで躊躇して中途半端にやるのは、テレビとして一番みっともない。とにかくやりきるしかないので、たけしさんを思い切りたたいてほしい」とディレクターに頼んでいました。

 本番の残り一八秒が始まった時、ディレクターはまず私をたたき、隣の人の頭をたたき、打ち合わせ通り安住アナは伏せたので、たけしさんの顔にハリセンがパーンと当たり、何とか番組を終えることができました。

 その時私が思ったのは、覚悟を決めてやりきることの大切さです。日本の武士はつねにその覚悟を持っていました。何しろ切腹を申しつけられれば、それに従うぐらいですから、「やれ」と言われれば躊躇なく何でもやります。人前で話さなければならなくなったら、「ああ、そうですか」とぐずぐずせずに、武士のように潔く引き受けることです。

 そして話を始める時も長々と前置きや言いわけをしないで、さっさと話を始めるだけでも、「この人はスピーチがうまいな」という印象を与えることができます。

 さらにフィニッシュが大事ですから、前に述べた「ということで」または、「以上です」という終わりのフレーズでしめくくれば、たとえ中身のない話でもそれらしく整って見えるので、恥をかかないですむでしょう。

 とにかく言われたら、恥ずかしがらずにさっさと出ていき、やりきってしまうことです。「えーっ、私なんか」と言っている間にハードルはどんどん上がっていくことを肝に銘じてください。さんざんぐずぐずしたあげく、ようやく出てきて「話すことは何もなくて、大変お恥ずかしいのですが」と言っているのが一番みっともなくて、恥ずかしいことだと覚えておきましょう。

前置きや言いわけはいらない。いきなり本題に入る

 恥ずかしがらずに、さっさと話すのが基本だとすると、登壇したり、前のほうに出ていく時も、早足で躊躇せずに歩いていくことが大事です。

 私も講演会に出る時は、みなさんをお待たせする時間がもったいないので、駆け足で壇上に出ていきます。

 これだけで「おっ、やる気があるな。この人は」とずいぶん印象が違います。話すと決めたのなら、そこはふっ切って、たけしさんのハリセンではありませんが、思い切りよくフルパワーで行くことです。

 また話す内容も、だらだらと前置きせずにいきなりサビから入るくらいの勢いで話すほうがいいでしょう。

 落語家など話芸のプロたちは、話のマクラをつくるのが芸になっていて、柳家小三治さんの『ま・く・ら』(講談社文庫)を読むと、参考にできる前置きもたくさんあります。でもふつうの人は無理にマクラをつくらず、いきなり本題に入ったほうが失敗がありません。つまらない話をダラダラするのが最悪のスピーチですから、「この人のスピーチなら耐えられる」というレベルまで持っていくには、サビをいきなり話してしまったほうがお互いに被害が少ないのです。

 そして着地点を決めて終わりのフレーズでしめくくれば、少なくとも人に迷惑をかけるスピーチにはなりません。

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