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『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?』 その革新的なデザイン戦略を読み解く

記事:晶文社

『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?』(晶文社)
『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?』(晶文社)

規模のわりに世界市場で存在感を発揮するのはなぜなのか?

 2014年、『世界の伸びている中小・ベンチャー企業は何を考えているのか』(クロスメディア・パブリッシング)という本を書いた。そのなかで私が指摘したのは、「広く安く」ではなく、「狭く高い」商売をする欧州企業の姿勢だった。海外市場での「広さ」にあまりムキにならず、限られた範囲で堅実に利益を上げている点を強調した。

 それから5年を経て「狭く高い」だけでなく、「狭く深い」がキーワードになってくるのではないか、と思うようになった。特にイタリアの中堅・中小企業に見られる、企業規模と市場のインパクトの度合いに、際立った非対称な関係があることに気がついた。なぜ巨大企業でもないのに、その名や商品が世界市場に知られていることが珍しくないのか。企業規模のわりに市場での存在感が大きい事例が多いのはなぜだろうか。こうしたことを探っていったうえで、「メイド・イン・ジャパン」に引きつけてみると、多くの気づきがあるのではないかと考えたのである。

 日本は、大企業を中心として家電や自動車で「メイド・イン・ジャパン」のブランドを築き上げた。第二次世界大戦後、欧州・米国の製品を真似ることからはじめ、最初は安い価格で市場のシェアをとり、徐々に製造品質や商品の多機能・高機能で差別化を図り、世界中を席巻した。しかし、バブル崩壊以降、そのプレゼンスは徐々に低下、殊に今世紀に入り市場の軸が新興国に大きく振れ、その強みが発揮しづらくなる。その間隙を、中国や韓国の企業にどんどん奪われ、専門家や一般の人の目から「メイド・イン・ジャパン」の表記が遠のいていく。

 米国の社会学者であるエズラ・ヴォーゲル『ジャパン・アズ・ナンバーワン』が出版された1979年から急激な上昇気流にのり、バブル期に頂点に達する。しかし、バブル崩壊の直後を境に下降する一方だ。「世界のグローバル化が進み、原産国名で語られなくなった証拠でしょう」と思うかもしれない。しかしながら、先にも触れたように、「メイド・イン・イタリー」は上昇中なのだ。

 こうして市場の壁に直面した現在、クールジャパンの御旗のもと、官民が共に生活雑貨品や食品で新しい世界市場をつくろうとしている。毎年2回、フランスのパリで開催される生活雑貨の見本市「メゾン・エ・オブジェ」に、日本貿易振興機構(JETRO)が中小企業の参加を促しているのが一例だ。

 まさしくそれらの分野で先行しているのが、「メイド・イン・イタリー」を担う中小企業である。農水省も強く後押ししている日本酒の輸出額は2018年ベースでようやく年間200億円を超えたが、イタリアワインの輸出額は8000億円に迫る。日本の年間家具輸出額はおよそ900億円だが、イタリアの家具は1兆円を大きく超える。

 日伊の間にはとても大きな乖離がある。商品カテゴリーとしてインターナショナルな生活様式に沿っているかどうか、という市場規模の問題はもちろんある。だが、その大きな市場で「意味のイノベーション」と「アルティジャナーレ」という二つの力を発揮して、存在感を見せているのが、イタリアの中小企業である。

「意味のイノベーション」がつくる存在感

 「意味のイノベーション」とは、モノやサービスがもたらす意味を変えることである。「狭く深い」の「深い」の源泉でもある。

 イノベーションというと、最新の技術によってもたらされるものというイメージがある。だが昨今は「技術イノベーション」から「サービスのイノベーション」に市場動向が移ってきている。新しい技術だけが時代を推進するのではなく、すでにある技術を統合したサービスが時代を引っ張っている。

 たとえば、アップルのiPhoneは、ハードウェアとしてではなく、ビジネスモデルとしてよく語られる。音楽などのコンテンツを含むエンターテインメント、ウェブ閲覧、メール、電話といった機能の一つひとつはすでに存在していた。それらがすべてハンディな機器一つでこなせ、しかも心躍る経験を提供してくれる。これが衝撃の理由だった。

 ここで「意味のイノベーション」がキーになる。ミラノ工科大学の経営学の教授、ロベルト・ベルガンティが提唱した概念である。技術のイノベーションだけでは独占的な新しい市場を作りづらい。また問題解決型のイノベーションは役立つ場面もあるが、問題解決のアイデアがコモディティ化しており、差別化の要因になりにくい。したがって「意味を与える」というデザインの本来の役割に立ち戻り、意味のイノベーションにもっと目を向けるべきである、と彼は主張する。

 たとえば、ロウソクは電気のない時代、灯りを提供する生活必需品であった。しかし、先進国を中心に電気が普及した現在でも、ロウソク市場は成長している。というのも、ロウソクの意味が変わったからだ。オシャレなレストランのテーブルや、ホームパーティの食卓にロウソクがある。ゆらめく灯りやアロマに惹かれる。ロウソクには電灯にはない、詩的感情をよびおこす性格がある。もちろん、500年前の教会におかれたロウソクの灯りにもそうした意味はあった。だからまったくなかった意味が現代において生みだされたというのではない。詩的な意味が再発見された、ということだ。

 見逃せないのは、モノの意味はそれ自体からではなく、モノを囲む環境や使われる状況にしたがって変わってくる、という点だ。意味はコンテクストと不可分の関係にある。したがって技術的にずば抜けたものがなくても、市場にインパクトを与えられる、というのが意味のイノベーションである。ここでいいたいのは、技術の進化が不要ということではない。技術の進化を必要十分条件としないイノベーションの可能性を語っているのである。

 こうした意味のイノベーションに秀でた、規模の小さな企業がイタリアには多い。たとえば、生活雑貨メーカー・アレッシィ社の製品だ。アンナGという女性の姿を模したロングセラーのワインオープナーがある。ワインボトルのコルクを抜く時、アンナGの手が広がる。オープナーのヘッドを女性の顔と頭に、その下をドレスと腕に見立てている。このタイプのオープナーは元フランス大統領のシャルル・ド・ゴールの演説の時の手の振りに似ていると、「シャルル・ド・ゴール」型とも呼ばれるが、アレッシィは大統領を女性のダンサーに変え、オープナーを単なる道具から洒落た玩具にしたのである。淡々とコルクを抜くだけの作業を、見て楽しいプロセスにした。

 こう説明すると、意味のイノベーションは「表情をつけ替えただけ」と思われる人もいるだろう。しかし、カタチや色を変えて違ったコンテクストに置き換えるのが、その核心である。イタリアにおいては、こうした事例を探すのにさほど苦労しない。

(『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?』より抜粋)

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