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『司馬遼太郎 旅する感性』 博学な作家に学ぶ、知と想像力の旅

アイルランド・アラン島の風を感じる樹木と伝統家屋(桑島秀樹撮影)

足の下にひそむ歴史のレイヤー

 タレントのタモリが出演するNHKの番組に『ブラタモリ』というのがある。もう10年以上続く長寿番組だ。若者にも人気がある。あれはまさに、「街歩きの達人」と一緒に街をぶらつきながら、その土地の風景や歴史の秘密をさぐる愉楽から成り立っている。

 道々、タモリ一行は、奇妙な土地の高低差や道路の不可思議な屈曲など、風景の微妙なズレに注目し、その地域固有の自然地理的・地質的な特性と、それが育んできた土地の歴史を暴いていく。私の言葉でいえば、これは「大地の肌理」を読む作業であり、歴史風景をリアルに再現する感性哲学の試みだ。

 こうした感性哲学は、宗教人類学者・中沢新一が実践する「アースダイバー」の思索とも呼応しよう。東京の地面直下には、5千年以上前の縄文の古層が眠っているという発想である。縄文海進期に、関東の内陸奥深くまで入り込んでいた海岸線周縁部――かつての陸と海のインターフェイス――には、いまも神社など聖地が残っているというわけだ。

 そう、われわれの足の下には、さまざまな歴史のレイヤー(地層)が堆積している。そうした歴史的古層は、平凡な日常風景に埋没して見逃されやすい。歴史的古層に敏感に気づくには、眼の修練が要る。この修練には、おそらく異土への旅が必須となろう。

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 歴史小説家として出発した司馬遼太郎が、晩年の25年間を費やして綴った紀行群こそ、長大な『街道をゆく』シリーズだった。司馬の旅は、日本および東アジア各地から世界各地に及んだが、多くは島や半島など辺境をめぐるものだった。これらは、昭和の高度経済成長期から平成バブル経済崩壊期に紡がれたもの。だから、「日本(人)とは何か」、さらに「文明とは何か」「市民とは何か」「国家とは何か」といった根本的な問いがつねに作家の胸にはあった。

 『街道をゆく』の旅は、かつての若き小田実(『何でも見てやろう』)のそれ、若き沢木耕太郎(『深夜特急』『旅する力――深夜特急ノート』)のそれのように、足で稼ぐビンボー旅行ではなかった。だから、大手スポンサーに支えられた「大名旅行」と言われることもある。だが、司馬がバスやタクシーの車窓から眺めた風景のスケッチは、高度経済成長期に若者たちを熱狂させた冒険旅行記とはまた違った、知的興奮を引き起こすものであった。

歴史の「普遍」を射抜く、フィクショナルな語り口

 司馬の作品群は――批評家・松本健一が言ったように――「眼の思考」で貫かれている。『街道をゆく』もまた同じ。そこで展開された司馬の思索は、やはり現場主義と歴史的想像力に根ざす、風景をめぐる感性哲学といってよい。後に、作家自身が『街道をゆく』の執筆動機を振りかえった次の言葉は、この事実を語って余りある。

たとえ廃墟になっていて一塊の土くれしかなくても、その場所にしかない天があり、風のにおいがあるかぎり、かつて構築されたすばらしい文化を見ることができるし、その文化にくるまって、車馬を走らせていたかぼそげな権力者、粟粥の鍋の下に薪を入れていた農婦、村の道を歩く年頃のむすめ、そのむすめに妻問いする手続きについて考えこんでいる若者、彼女や彼を拘束している村落共有の倫理といった、動きつづける景色をみることができる。(司馬遼太郎「私にとっての旅」1983年)

 風に吹かれた土くれから、人間が、村が、そして、文化全般がまるごと、色鮮やかに受肉する。ここにあるのは、司馬独自の叙述スタイルといえよう。現場主義・歴史的想像力の重要性が、その語り口のうちに証明される。蘇った過去の人々の会話やその居住世界は、厳密にいえば「フィクション(文学的虚構)」でしかない。だが、古代ギリシャの哲人アリストテレス(『詩学』)が言ったように、フィクションこそ歴史の「普遍」を射抜くものなのだ。確かにそこに在ったものの「記憶」が人格を得て、すっくと立ち現れる。ここでの「人格」とは、人間ばかりでなく、山河など天地自然にも適用可能なものだろう。

 このような『街道をゆく』に認められる司馬のまなざしこそ、まさに感性哲学の基礎であり、訪れた土地々々で育まれてきた人文の深奥まで見通す風景読解法なのだ。

いま『街道をゆく』を読み直す意味

 ひとたび司馬が筆を執ると、神田の古書街から、ささやかな郷土史料も含め、関連テーマの文献が消えたとの逸話がある。彼の叙述は、こうした徹底した書物知に裏打ちされている。そのうえで、フィールドに立つ司馬の眼が働く。このとき、異土の景色はたちまち色づき、歴史記憶の核が具体的形象を得て立ちあがっていく。

 司馬流のこうした旅の作法に触れることは、近年のドメスティックになりがちな日本の若者たちへの処方箋となろう。歴史小説家として、「文明」や「市民」をめぐる巨きな歴史ロマンを紡いできた司馬のレッスンを受ければ、それがそのまま、自己の相対化、さらには他者への共感につながると信じている。いま『街道をゆく』を読み直す意味は、そのあたりに隠されているのではあるまいか。