『コンゴ・森と河をつなぐ』 若き人類学者たちが挑んだ夢のプロジェクトの記録
記事:明石書店
記事:明石書店
「コンゴ民主共和国」と聞いて、みなさんはどのようなことを連想するだろうか。メディアを通じて私たちが触れるのは、エボラ出血熱、難民、性的暴力、紛争鉱物といった暗く重い話題がほとんどであり、負のイメージばかりを持つ人が少なくないのではないだろうか。
そのような問題があることは事実だが、その一方で、この国が豊かで美しい森が広がる野生動物の宝庫であること、そして、そうした自然に抱かれて生き生きと暮らす人々がいることは忘れられがちである。本書がめざしたのは、長年にわたって筆者らがおこなってきた人類学や霊長類学のフィールドワークにもとづいて、コンゴ民主共和国の森林地帯で暮らす「ふつうの人々」に焦点を当て、この国の人と自然のくみつくせない魅力を描くことであった。
アフリカ第2位の面積を誇り、豊かな自然資源を有するコンゴ民主共和国は、かつては世界屈指の一次産品輸出国として経済発展してきたが、1990年代のコンゴ戦争以降、不安定な政治情勢におかれ、経済活動も低迷している。とくに都市から遠く離れ、流通網が遮断された森林地帯に暮らす人々は、困難な生活を余儀なくされている。
それでも彼らは、懸命な自助努力によって生計基盤を築こうとしている。わずかな現金収入を得るために、数十kgの商品を背負い、森の中を野宿しながら片道1週間ほど歩いて、数百km離れた都市に行くという過酷な旅をおこなっているのである。
筆者らは、フィールドワークを通じて、このように困難な状況を乗り越えようと苦闘する人々のことを知った。そして、彼らと長い時間をともにするなかで、困難な状況を一緒に乗り越えていきたいと思うようになり、そのために自分たちに何ができるのかを考えるようになった。そのような自問自答を続け、人々と対話を積み重ねた末に筆者らが発案したのが、本書で描かれる「水上輸送プロジェクト」である。
水上輸送プロジェクトとは、調査地域の住民の協力のもとで地域産品を集め、それを船に載せて約800km先にあるコンゴ河沿いの都市に運んで売却する、というものである。劣悪な交通事情のために経済開発がさまたげられている地域において、河川を通じた商品輸送を支援することで経済活動を活性化し、住民生活の向上を図るためである。
だが、プロジェクトの目的はたんなる輸送手段の支援にとどまらない。私たちは、プロジェクトを通じて地域住民のエンパワーを図るとともに、実践経験を共有することで関係者間の連帯を強めることに努めた。そして、私たち自身が船に同乗し、プロジェクトの一部始終に関与することで、地域住民との協働による開発事業の意義と可能性を探ることをめざした。
本書のタイトルである「森と河をつなぐ」とは、河の道を拓いて森の中の村とつなぐこと、つまり、輸送経路を結ぶことだけを意味しているわけではなく、私たちをふくむ外部者と地域住民が力をつなぎ、お互いの想いを結び合わせることで、困難な生活状況の克服に挑戦するという意味でもある。
プロジェクトのもうひとつの目的は、森林資源の経済的価値と生態学的な持続性を検証することであった。水上輸送実施後の調査地の変化を追跡調査することで、プロジェクトが地域社会にもたらす影響を明らかにし、それをふまえて持続的な開発のあり方を探り、有効な保全へとむすびつけるのである。
「開発」と「保全」を両立することは困難であるが、研究者と地域住民が手をたずさえ、軌道修正を重ねながら取り組みを継続することによってその解決を図ることをめざした。「森と河をつなぐ」とは、保全の舞台である「森」と、商業活動や経済開発を象徴する「河」をつなぎ合わせること、すなわち「開発と保全の両立」という難題を克服するということも意味している。
本書の特徴は、このようなプロジェクトの過程が、時系列に沿った物語として、臨場感をもって描かれていることにある。そして、同じプロジェクトにかかわった三人が、三者三様の視点でリレー形式でつづることによって、プロジェクトのあり方を多角的にとらえていることに特色がある。
「水上輸送プロジェクト」のストーリーにくわえて本書では、研究チームのメンバーによるコラムが各所に挿入されている。プロジェクトの背景となるコンゴ民主共和国の歴史、文化、自然について幅広く知っていただけるだろう。
最後に、コンゴ民主共和国にかぎらず、各地でのフィールドワークや実践活動について考えるうえで今、新型コロナウイルスの問題を避けて通ることは決してできない。私たちも、今夏に予定していた現地への渡航が困難な見通しとなっており、企業やNPOの支援を受けておこなう予定だった「水上輸送プロジェクト・第2弾」の計画も暗礁に乗り上げている。
この状況がいつまで続くのか先行きがまったく見えないなかで、フィールドワークという実践のあり方、ひいては、私たちの生き方そのものを問い直さざるをえない状況にある。もちろん、長く一緒に歩んできた現地の友人たちの健康と安全も危惧される。
だが、それでも私は、本書で述べたとおり、フィールドワークの価値を信じ、地域住民との関係を大切にしつづけたいと考えている。フィールドワークを通じて学んだこと、身につけたこと、築いてきたことが、かつてない困難を乗り越える力になると思うからである。
移動もままならず、明るい見通しがもてない今だからこそ、本書を通じてみなさんもフィールドワークの魅力に触れていただきたいと思う。