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『リビアを知るための60章【第2版】』――独裁者が去った北アフリカの大国の現在

記事:明石書店

『リビアを知るための60章【第2版】』〈エリア・スタディーズ59〉(明石書店)
『リビアを知るための60章【第2版】』〈エリア・スタディーズ59〉(明石書店)

統一国家の再生を目指して

 北アフリカの大国リビアは、2010年12月にチュニジアから始まった一連の北アフリカの民衆蜂起、いわゆる「アラブの春」の余波を受けて、2011年2月から反政権闘争が勃発し、その政治体制や社会的状況が大きく変化した。9年を経た今日もなお、複数の武装勢力による政権抗争が止むことはなく、国内は戦乱と破壊のるつぼとなっている。

 42年間もリビアを支配した特異な独裁者カッザーフィー(カダフィー)が殺害された直後は、リビアで初めて、という歴史的な国民議会選挙も実施され、一時的には民主的な政権が発足した。しかしわずか2年後には部族間闘争が激化してしまい、国内を安定的に統治できる政権はいまだに現れていない。

 識者の中には「リビアはもはや国としての体をなしていない」と蔑視的な視線をむける人もいるが、千々に乱れた国内にも、統一国家を再生しようと努力する人々の姿がある。

 本書は、内戦前の2006年6月に出版した初版をもとにしながら、2011年2月以降の内戦と混乱によって大きく変化したリビアの現状について、できる限り詳細な情報を収集して、新生リビアの建設と安定へむけて命がけで努力する人々の姿を紹介するものである。

知る人ぞ知る資源大国の現状

 多くの人々は内戦前の「リビア」について、「世界各地のテロを支援する強硬派の国」、あるいは「気違いじみた独裁者カッザーフィーのいる不気味な砂漠の国」などといった恐ろしいイメージを連想したことであろう。

 初版は、このようなリビアのイメージを一新する役割を担っていた。リビアは広い国土や、世界最高品質を誇る石油や天然ガスなどの豊かな資源を持ち、3000年を超える古代ギリシア・ローマの歴史的遺産が手つかずのまま保存されている国である。

世界遺産の古代ローマ遺跡レプティス・マグナにあるセヴェルスの凱旋門と、愛らしい春の野花。
世界遺産の古代ローマ遺跡レプティス・マグナにあるセヴェルスの凱旋門と、愛らしい春の野花。

 たしかにリビアは、特異な政治思想をもった独裁者カッザーフィーの指導のもとに、第二次世界大戦以降の複雑な国際関係の中をかいくぐってきた。2004年からは、ようやく国際社会との関係を修復し、豊かな天然資源からもたらされる資金をもとに安定した政権運営が動き出していた。

 それからわずか7年後の2011年2月に、北アフリカ一帯に吹き荒れた民衆蜂起のあおりをうけて、リビア国内でも反政権闘争が勃発した。そして同年10月にカッザーフィーはNATO軍の攻撃によって追い詰められ、民兵集団によって殺害された。

 日本の約4.7倍という広大な国土は、NATO軍の軍事介入の後遺症によって、いまや崩壊の危機にさらされている。

内戦で死亡した若者の追悼碑。カッザーフィーを讃える看板に代わり、至るところで見られた(2013年3月)。
内戦で死亡した若者の追悼碑。カッザーフィーを讃える看板に代わり、至るところで見られた(2013年3月)。

国際社会の介入と危惧

 ほぼ同時期に民衆蜂起を起こしたチュニジアとエジプトが、曲がりなりにも国内を安定方向へと進めるなかで、リビアでは複数の民兵集団による内戦が現在も続いている。

 しかもさらに危惧することは、リビア国内の豊富な天然資源を狙って、欧米だけでなく近隣のアラブ諸国やトルコ、ロシアなども、リビア内戦の危機を解決するという口実で、それぞれの利害対立を伴う軍事的・政治的な介入を強めてきていることである。

 カッザーフィーが残忍な形で殺されて、42年間続いた特異な独裁体制が終焉を迎え、自由な国政選挙も実施されたが、時間の経過とともに、政治的状況は不安定となった。国内の分裂は次第に武力闘争に変化していき、2014年8月には、旧首都のトリポリと東部のトブルクとに分かれて、2つの議会が置かれるようになった。それぞれが正統な政府を名乗るという混乱状態となって、紆余曲折を経ながらも今日に至っている。

新生リビアを支える変わらないリビア

 本改訂版では、第Ⅰ部から第Ⅴ部までは、カッザーフィーの政治思想の詳細は削除して、その他は多少の訂正・加筆を加えながら初版の内容をほとんどそのまま掲載した。以前と変わりないリビアの地理・歴史・民俗などの「リビアの成り立ち」、反植民地闘争からカッザーフィーの政治体制に至る近代史、豊かな天然資源に対する経済政策の要点、さらにテロ支援国という悪名高きリビアが国際社会への復帰を目指す経過などは、リビアという国を知るために現在でも変わらず必要な知識である。

 とくに第Ⅱ部では、2011年2月以降のリビアの反政権闘争について北アフリカの民衆蜂起(アラブの春)と重ねる形で、分かりやすく説明した。反政権闘争の推移については第Ⅵ部から第Ⅷ部で、中東の政治・経済が専門の上山一が詳細に説明している。上山は内戦中の2012年と2013年に危険を顧みずに現地を訪問して、リビアの研究仲間と会い、国内の政情を調査してきた。

 こうした作業によって、本書は以前からの変わらないリビアの姿を下地として、そこに民衆蜂起から9年間のリビア内紛の状況を重ね合わせたものとなった。

トリポリ中心部の殉教者広場。カッザーフィー政権崩壊後、民族闘争が激化するまでの平穏は長くは続かなかった(2013年12月)。
トリポリ中心部の殉教者広場。カッザーフィー政権崩壊後、民族闘争が激化するまでの平穏は長くは続かなかった(2013年12月)。

リビアを想う仲間たちとともに

 本書には、アメッド・ナイリ氏(現駐日リビア国臨時代理大使)、インティサール・ラジャバーニー氏(リビア女性経済的自立促進計画のリーダー)、ハーテム・ムスタファ氏(前サブラータ市長)というリビア人の友人たちにも寄稿してもらった。いずれも現地の切実な実態を物語っている。

 さらに前出の上山のほか、リビアの歴史と政治の研究者・田中友紀と、編著者の夫で2003~2006年に駐リビア日本国大使を務めた塩尻宏(中東調査会参与)からも、様々な情報を提供してもらった。また塩尻宏は民衆蜂起後の詳細な年表を作成するとともに、複雑に入り組んだ政治的および軍事的集団についても、今日までの時事情報を収集し、図解を作成した。

 これらの努力によって、複雑に絡み合って外部からは見えてこないリビア社会の現状を解読することが可能となった。近年ではリビア情勢が日本で報道される頻度も少ないが、本書を通じてリビアの今に触れていただければ幸いである。

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