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子どもお断りの場所? 公共空間についてあらためて考える――片岡佳美『子どもが教えてくれた世界』

記事:世界思想社

『子どもが教えてくれた世界』(世界思想社)
『子どもが教えてくれた世界』(世界思想社)

 数年前、国内線の飛行機に乗っていたときのことです。着陸が近づき、飛行機の高度が徐々に下がってきた頃、どこかの座席で幼児がぐずり始めました。次第に泣き声は大きくなって、一緒に乗っているお母さんと思われる人が焦りながら「よしよし、大丈夫、泣かないで」と子どもをなだめている声も聞こえてきました。

 私はなんだか他人事とは思えず、少しそわそわして「早く着陸すればいいけど…」とお母さんに同情して心配していました。私のまわりの他の乗客の中にも同じ思いがあったのか、「ちっちゃな子、かわいそうにね、耳が痛いのかも」とか「大変だね」とかヒソヒソ声が聞こえました。やがて子どもの不機嫌はピークになり、泣き声がさらに高くなりました。

 と、そのとき、どこからか、「うるさいっ! 早く静かにさせろ!」という大人の男性の怒鳴り声が響き渡ったのです。一瞬、機内はその怒鳴り声で凍り付いたようになりました。泣いていた子どももびっくりしたのか、泣き声のボリュームを下げました。先ほどまで私語をしていた人たちも静かになり、しーんとなりました。(中略)

子どもお断りの論理

 公共空間での子どもの声が、一体どうしてそこまで人の怒りを買うのでしょう。怒る人の言い分は、たいてい共通していて、公共マナー遵守の義務をあげています。うるさい子どもはもとより、その子どもを黙らせない親は、その義務を果たしていないと言って責められるのです。

 では、公共マナーとは何でしょうか。それは、見ず知らずの人が出たり入ったりする公共空間で、たまたま居合わせた他人どうしがそこで互いに気持ちよく安心して過ごせるよう、相手の存在を認め合い配慮し合うことをうたったルールあるいは契約のようなものです。

 ここで重要なのは「互いの配慮」です。もっと言えば、「あなたのことも配慮するから、私のことも配慮してくださいね。自分勝手な振る舞いで相手を邪魔するのではなく、お互いが譲り合えば、気持ちよく過ごせます」といった合意です。ですから、公共の場での他人どうしは、互いに相手を邪魔しない、つまりそっと放っておくというのがマナーになりますが、それは、相手を完全に無視した上での放置ではなく、相手への配慮に基づく放置なのです。

 したがって、公共空間でのうるさい子ども、そしてその子どもを黙らせない――というより、「静かにさせようとしてもできない」と言うべきでしょう。親と子は別々の感情をもつ「他者」どうしなのですから――親は、その場にいる他人への配慮がないという理由で非難されてしまうのです。言い換えれば、みんなが自分を抑えるべきところなのに抑えられていない、自己中心的だと言って責められるのです。(中略)

マンガの一場面

 子どもづれの親は、公共の場に出ていかないほうがいいのでしょうか? 漫画家の内田春菊氏が自身の出産・育児をモチーフに描いたマンガで、とても印象的な場面があります。母親(内田氏のこと)が小さな子どもを連れて飲食店に行ったとき、子どもがぐずり始めました。まわりの人たちもいるのに、不機嫌な子どもはますます言うことを聞かなくなり、手に負えなくなります。途方に暮れた母親は、ついに子どもを店の外に連れ出し、子どもをバシッと叩いて怒ったのでした。

 この母親が取った対処は、子どもへの体罰、要するに暴力ですが、公共マナー違反に厳しい人たちからすれば、適切な行為ということになるかもしれません。まわりの人への配慮のため、親は何としてでもうるさい子どもを黙らせる努力をすべきだというのがかれらの主張だからです。「まわりのよその人たちに怒られるから、ちゃんとおとなしくしなさい!」。こういう叱り方は批判を受けることも多いのですが、実際それが子どもを叱る理由なのです。

 マンガでは、この母親が子どもづれで別の飲食店(中華料理店)に行くところも描かれています。中国人の店員たちは、はしゃぐ子どもをニコニコしながら受け入れてくれます。そして母親に対し、子どもがいると「これからいいことばっかりねー」と言ったのです。母親はその店主の大らかさややさしさに感動します。これまで緊張して過ごしていた公共空間をふり返り、それとのギャップを感じる様子が描かれています(『私たちは繁殖している②』ぶんか社)。(中略)

開かれた社会へ

 飛行機は公共交通機関という点で、好き嫌いでだれかを排除することが原則不可能とされますが、飲食店が排他的になることについてはそこまで厳しく反対されません。公共交通機関と違って個人が自分の方針や思いをもって経営する店は、多少私的な要素が入り込むことが許されています。みんなが集まるところとはいえども、そこでいう「みんな」の範囲は異なっているのです。

 マンガの中の中華料理店は、「子どもおことわり」を好めば子ども抜きの公的空間をつくることもできるのです。にもかかわらず、子どもという存在を全面的に受け入れた点が、子どもづれの親にとって新鮮で、ありがたく思われたのでした。みんなのいる場で泣いたりわめいたり、おとなしくしていられないのは確かにマナーに反し、まずいのですが、たとえそうであっても排除せず受け入れてくれるというのは、子どもの暴走を制御できず焦る親にとってはどんなに救いとなるか…と思います。

 一方、飛行機や電車など公共交通機関は、だれに対しても開かれてあるべきで、閉ざされてはならないものです。「みんな」の範囲は好き勝手に変えられず、そこで「子どもおことわり」というのは、ありえないはずです。店とは違い、好意や親切心に期待するとかいう以前のものなのです。そうした場で怒鳴る人は、その点を理解していないと言えるでしょう。

(『子どもが教えてくれた世界――家族社会学者と息子と猫と』より抜粋)

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