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地方自治の研究者がアイルランドに住んでみた話

記事:明石書店

訳者の藤井誠一郎さんと『アイルランドの地方政府』(撮影場所:大東文化大学)
訳者の藤井誠一郎さんと『アイルランドの地方政府』(撮影場所:大東文化大学)

アイルランド生活のリアル

――およそ1年間、アイルランドのダブリンで在外研究をされていました。生活のなかで驚いたことはありましたか。

 物価が高かったですね。500ミリリットル入りのコーラが250~260円くらい、よく利用していた大学内食堂のとてもシンプルな定食でも1000円はしました。家賃相場も高く、ダブリンで暮らすなら生活全般に多くのお金がかかります。隣国イギリスの物価が高いことは日本でもよく知られていると思いますが、ダブリンもそれに近いイメージです。

 ただ、アイルランド発祥のギネスビールは缶ならコーラと変わらないくらいの値段で、これは安く感じました。缶の中には泡立ちをよくするための、プラスチック製の白い小さなボールが入っています。

アイルランド国立大学ダブリン校(UCD)で購入した大学特製パーカー
アイルランド国立大学ダブリン校(UCD)で購入した大学特製パーカー

 街に出て気が付くのは、公衆トイレがまったくないという点と、ごみ箱が至るところにある点です。清掃事業は民営化されていますので、地方自治体の仕事ではありません。民間の収集車が家の前に出されるプラスチックのトラッシュカンをアームで持ち上げて、ごみを収集していました。

――清掃事業以外で生活と地方自治との関わりとして思い浮かぶのは、水道事業や公立の小中学校の教育サービスなどです。こうした事業はどのようになっていますか。

 水道事業は上・下水ともに国営の公共企業により運営されています。ちなみに一般家庭の水道料金は無料で、おいしく飲めます。

 教育に関しても、日本では公立小中学校のサービスは市町村の教育委員会が行っていますが、アイルランドでは教会や国などが行っており、地方自治体の仕事にはなっていません。ボランタリー団体が運営する、宗派を問わず入れる学校やアイルランド語で学べる小中学校も増えていて、多様性を受け入れる環境があるという印象です。

――アイルランドでは住民が役所に足を運ぶ機会がほとんどない、とこの本で書かれていました。日本とは状況が大きく異なるのですね。

 たとえばダブリン市(ダブリンシティ・カウンシル)の業務は建築確認、図書館、道路交通などの数分野に限られ、日本と比べるとかなり限定的です。住民登録に関する業務も担っていないため、住民票を取得するためにダブリン市役所に行くといった場面は見られません。

 地方自治体は生活上の核のようには認識されておらず、そこに用事があったり日常的に関わりをもったりということがほとんどないため、住民にとっては「影が薄い」存在であるといえます。

ダブリンにあるアビバ・スタジアム(写真家・佐藤洋輔さん撮影)
ダブリンにあるアビバ・スタジアム(写真家・佐藤洋輔さん撮影)

いま、なぜ地方自治研究か

――これまで文学や音楽などを研究するためにアイルランドに行く人はいても、行政や政治について研究しようとした人はあまりいなかったと思います。どういった意義がありましたか。

 現地の研究者からよく尋ねられたのは、「どうしてここに来たの? 先進事例でもないのに学ぶことなんてある?」というものでした(笑)

 アイルランドでは2001年や2014年の改革法など今世紀に入ってから地方自治関連の大きな改革が行われているのですが、こうした動きをフォローした日本語文献がまったくありませんでした。キャラナンさんや彼が所属する行政研究所(IPA)の研究者たちは「中央集権から地方分権へ」という改革の方向性に共感しつつ分析を進めていましたので、最新の重要な研究成果を翻訳して日本で紹介する意義は確実にあると思いました。

――アイルランドでも日本でも分権化の流れは必然で、やはり不可欠なものですか。

 両国の共通点として、たとえばアイルランドでもダブリンへの一極集中は問題とされていますし、移民の増加によって住民構成も変わってきています。住民の多様なニーズを汲み取ろうとするとき、中央集権的なしくみで十分に対応できるだろうかという疑問はあります。その点でいえば分権化を進め、各自治体にリソースや権限を委譲して対応力を高めていくべきだと思います。

 ただし、必ずしも分権化が唯一の正解とは限りません。さまざまな国のしくみや実践も参照しながら自治や分権についての議論を続けていく必要があります。この本ではアイルランドの地方自治のしくみを詳しく紹介していますので、今回の出版が議論や研究の同志を募るものになればと願っています。

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