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機能不全家族を振り返ることで「自分を知る読書」ができる―― 小林エリコさん×鈴木大介さん対談(前編)

記事:大和書房

『家族、捨ててもいいですか?』(大和書房)
『家族、捨ててもいいですか?』(大和書房)

読みながら、自分の家族を思い出していました(鈴木)

鈴木 新刊『家族、捨ててもいいですか?』を拝読させていただいて、今までの著作の中でも一番よかったなと思いました。内容も、文章の洗練度でも、間違いなく一番です。

小林 嬉しいです…ありがとうございます。鈴木さんは、どのあたりが一番よかったですか?

鈴木 これまでの著作は、過去の精神科医療の実態や当事者の気持ちの描写が克明で、同じようにメンタルに失調を抱えた状況にある読者が、上手に言語化できない自分の気持ちを言語化するための字引として、実用価値のある本だったと思っています。

 でも、今回の本は記憶のディテール描写が幻想的で、詩的でもあって、エリコさんの家族の良いエピソードも悪いエピソードも、さほど踏み込まないバランスで描かれているのが秀逸でした。それによって、読者は自然と自身が同い年だった頃はどうだったか、自分の家族はどうだったとか、その都度回顧の旅に出ることになると思うんです。僕は、読んでいる間、ほとんどの時間は自分の家族を思い出してました。自分を知ることにもなった不思議な読書体験でした。

小林 そうなんですね。家族の数だけいろんなエピソードとか、家族の形があるので、読みながらいろんなこと考えてもらえるのかもしれませんね。夕食の時はどんなふうに過ごしてたのかとか、そういう些細なシーンも。

私から見たら嫌な人も、違う面から見たらいい人かもしれない(小林)

鈴木 でも、そもそも人間の記憶って何かきっかけがないと思い出すのが難しいことがあると思うんですけど、エリコさんの本て、エピソードが全部克明じゃないですか? 思い出すときに苦労しませんでしたか?

小林 私は記憶力が特別いい方だとは思わないですが、お父さんには「お前は本当に執念深い」って言われていました。過去の嫌なこととかずっと覚えているから(笑)。

鈴木 ああ、つらい記憶を何度も何度も思い出して、記憶を強化してしまったり…そういう脳のつくりをしている人って、つらいと思うんですよね…。僕自身も脳梗塞後にしばらくそういう状況になって、マイナスの記憶ばかりが常時脳内の隅っこに居続けてどいてくれなくて、すごくしんどかったのを思い出します。当事者語りでは、そこばかりが強調されてしまっているものも多くて、読んでいて苦しいこともあるんですが。

小林 そうですね。その一方で、良かったことは全然覚えてないんです。この前も母親からラインで「エリちゃんが、チョコレートパフェが食べたいっていって一緒に食べに行ったことがあったね」って書いてあって、私は全然覚えてないんですよ!(笑)。子供の頃、焼き芋を食べたいって言ってもお母さんがかたくなに買ってくれなくて、その日晩御飯を食べなかったこととかはすごく覚えてるんですが(笑)。

鈴木 では、良かった記憶を思い出す時ってどんな感じのきっかけだったんですか?

小林 今回は、ちゃんとした姿を記しておきたいなと思って。私から見たら悪い人も、違う面ではいい人のところもあるし。私から見たいい人も、違う面から見たら悪い人かもしれないから、そこはちゃんと書かないとずるくなっちゃうなと思って。お父さんの中の悪いエピソードもいいエピソードも書きたい、ちゃんとした姿を伝えたいと思って、そこはバランスがとれるように意識的に書きました。

親は、どうしても好きになれないけど大切な人だと思う(鈴木)

鈴木 どんな人にとっても、自分の過去の埋もれた記憶を掘り起こすというのはなかなか困難なことなのですが、エリコさんのしたことは、非行少年の矯正教育などで使われる「内観」にとても似ていると思います。多くの非行少年が、親の虐待や崩壊した家庭で育っている中で、強い被害意識に認知のバイアスがかかりがちなのですが、家族やこれまで関わった大人・社会との良かった記憶、感謝してもいいと思えるエピソードを徹底的に思い出させることで、その認知バイアスを矯正するというやり方です。僕自身はあまり好きではないのですが(被害は被害として受け入れさせてあげたほうが良いときもあるので)。

 でも、嫌だった記憶を思い出したときに、そこに集中してしまって、気持ちがコントロールしづらくなってしまったみたいなことは執筆中はなかったですか。

小林 今回の作品ではそこまではいかなかったかな。家族のことになると、すごく説明しづらいんですが、やっぱり一緒に生きてきたので。お父さんもむかつくけど「100パーセント嫌い」とも言えないし。

鈴木 今回の本の核心ですね。僕も家族って本当に難しいと思っていて、特に亡くなった父に対しては「どうしても好きになれないけど、大切な人」っていう背反した感覚に、いまももやもやし続けてるんです。

小林 その感覚、すごくわかります。今、自分はもう家族と暮らしていなくて、一人で生きている気がするんですけど、なんだかんだで過去の家族と地続きだ、という感じがするんですよね。自分を構成しているものって、やっぱり家族から受けた影響が大きいので。
文化的な面ではお父さんの映画や音楽、お兄ちゃんとは仲が悪かったけど、なんだかんだで一緒にゲームをやっていて、自分も今大人になってもゲームしてるし、お母さんが作ってくれた料理を自分でも作ってる…やっぱりあの家族が自分を作ったんだなと思いますね。

鈴木 お母さんを殴ったり、「誰のおかげで飯を食えていると思っているんだ」と言ったり、昔の漫画みたいな人ですが、カルチャー面ではかなりエリコさんは影響受けていますもんね。

小林 それは本当にそうなんですが…最近聞いた話では、お母さんはなんと、お父さんが借りたエロビデオを返しにいかされていたらしいです。…信じられないですよね!

鈴木 それは…新ネタですね(笑)。

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