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デリダの自筆原稿にもとづく講義録 『ハイデガー──存在の問いと歴史』

記事:白水社

『ジャック・デリダ講義録 ハイデガー──存在の問いと歴史』(白水社)
『ジャック・デリダ講義録 ハイデガー──存在の問いと歴史』(白水社)

『ジャック・デリダ講義録 ハイデガー──存在の問いと歴史』(白水社)目次より
『ジャック・デリダ講義録 ハイデガー──存在の問いと歴史』(白水社)目次より

 本書『ハイデガー──存在の問いと歴史』は、ジャック・デリダが一九六四〜六五年度に高等師範学校ユルム校で実施した全九回の講義である。デリダの講義録の日本語訳としては、既刊の『獣と主権者Ⅰ』(二〇〇一〜二〇〇二年度)、『獣と主権者Ⅱ』(二〇〇二〜〇三年度)、『死刑Ⅰ』(一九九九〜二〇〇〇年度)に続く四巻目となる。なお本書に続き、現在までに『死刑Ⅱ』(二〇〇〇〜〇一年度)、『理論と実践』(一九七五〜七六年度〔正しくは一九七六~七七年度〕)、『生死』(一九七五〜七六年度)、『偽証と赦しⅠ』(一九九七〜九八年度)が刊行されている。なお『生死』以降は版元がガリレー社からスイユ社に移り、同社からは未発表のハイデガー論『ゲシュレヒトⅢ』も刊行されているほか、今後もデリダの講義録や未発表テクストの刊行が予定されている。

 さて、これら他の講義録と比べて本書が持つ顕著な特徴は、何より一九六〇年代にデリダがおこなった講義の内実が初めて明らかになったという点にある。つまり本書は、脱構築の思想家として一躍注目を浴びることになった一九六〇年代の思考の一端を、連続講義というまとまった形で読み取ることができる貴重な資料なのである。具体的に言えば本書は、デリダが一九六二年にフッサール『幾何学の起源』の仏訳に「序説」を付して刊行してから、一九六七年に高名な三著作『グラマトロジーについて』、『声と現象』、『エクリチュールと差異』を世に問うまでのあいだに実施された講義である。さらに細かく見れば、この講義が始まる前にレヴィナス論「暴力と形而上学」(『エクリチュールと差異』所収)が発表されたところであり、講義の期間中にはアルトー論「吹きこまれ掠め取られる言葉」(同書所収)が発表され、講義終了後の一九六五年の終わりに「グラマトロジーについて」(同名書の第一部の元となる)が発表されている。こうしたテクスト群にこの講義録を適切に関係づけることで、当時のデリダの思考の足取りが浮かび上がってくるだろう。

『ジャック・デリダ講義録 ハイデガー──存在の問いと歴史』(白水社)P.008-009より
『ジャック・デリダ講義録 ハイデガー──存在の問いと歴史』(白水社)P.008-009より

 本書はまた、デリダがマルティン・ハイデガーの『存在と時間』(一九二七年)を読解しているという点でも貴重である。デリダに対するハイデガーの影響はきわめて早期から大きいにもかかわらず、一九六〇年代にデリダがハイデガーを主題的に論じた公刊テクストは意外なほど少なく、主題的に論じられるのは「ウーシアとグランメー」(『哲学の余白(上)』所収)──この論考は本書の内容と密接に連関している──くらいである。本書はその欠落を十分に埋め、この時期のデリダがハイデガーをいかに読んでいたのかを豊かに伝えている。

 なお、日本では『存在と時間』がハイデガーの不動の主著として読まれ続けているが、フランスにおいては事情が異なり、一九五七年に仏訳刊行された『「ヒューマニズム」について』(フランスの高弟ジャン・ボーフレに宛てた書簡)が当時は強く影響を及ぼしていた。その一方で『存在と時間』の紹介は遅れ、デリダの講義と同年の一九六四年に前半にあたる第一部第一編の仏訳が初めて出たところである。本講義のデリダの問題設定にも明らかに『「ヒューマニズム」について』からの影響が大であって、そこで語られる『存在と時間』以後の「転回」との関係が、『存在と時間』を読むにあたっても重要な関心事となっている。とはいえそれだけではなく、講義では、当時すでに仏訳されていた『形而上学入門』(仏訳一九五八年)や『杣径』(仏訳一九六二年)所収の諸論考も重要な役割を果たしているし、さらにはフランス語に未訳のテクストも参照されている。こうした当時のフランスにおけるハイデガー読解の状況も、講義を通じて垣間見ることができよう。

『ジャック・デリダ講義録 ハイデガー──存在の問いと歴史』(白水社)口絵より
『ジャック・デリダ講義録 ハイデガー──存在の問いと歴史』(白水社)口絵より

 本書のカラー口絵に掲載されているのは、ジャック・デリダがこの講義のために執筆し、その後カリフォルニア大学アーヴァイン校に本人が寄贈して、現在は同大学ラングソン図書館のデリダ・アーカイヴに保管されている原稿の一部である(本書のフランス語原書にはカラーで、英訳書にはモノクロで収録されている)。この口絵を見れば、デリダが実際にしたためた文字がどのようなものかがよくお分かりいただけるだろう。本書は、まさにこの一連の講義原稿をもとに、『死刑Ⅰ』編者のひとりでもあるトマ・デュトワが、マルグリット・デリダ夫人の協力を得て書籍化したものである。

 デリダの書くきわめて判読しにくい独特の文字を解読し、講義の全体を活字化するには相当の苦労があったことは想像に難くない。本書フランス語版の刊行後、デリダ講義録の英訳を主導しているジェフリー・ベニントンは、デリダの手稿を活字にする際の判読・解読の誤りがそこに数多く残存することを指摘し、実に四三〇箇所以上(!)に及ぶ暫定的な「正誤表」を研究者間で公開した(訳者の手元にも二〇一四年十一月九日付の正誤表が回付された)。続いて二〇一六年に、それ以外の修正箇所も含めて、本文の全体にわたり膨大な箇所を修正した英訳版を刊行したのである。

 こうした経緯によって、本書は、デリダが実際に執筆した言語であるフランス語よりも、むしろ英語のほうが原稿により忠実で正確なものである、という異例の状態を生み出した。そのためにこの日本語訳では、まずフランス語原書を底本として訳出をおこない、次に英訳と照合して訳文に全面的な修正を施すことにした。つまり、あくまでフランス語のテクストを底本としながらも、英訳書をいわば第二の底本として参照し、英訳で修正されたと思われる箇所はことごとく反映することによって成ったのが、この日本語訳である。

【『ジャック・デリダ講義録 ハイデガー──存在の問いと歴史』「訳者あとがき」より】

*新型コロナウイルス感染症により、2020321日、マルグリット・デリダ夫人が逝去されました。謹んで哀悼の意を表します。

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