1. じんぶん堂TOP
  2. 歴史・社会
  3. 『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』 デモと暴動の拡大の背景にあるもの

『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』 デモと暴動の拡大の背景にあるもの

記事:晶文社

『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)
『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)

トランプ支持者の肖像

 トランプが予備選に勝ったころから『Hillbilly Elegy(田舎者の哀歌)』(Harper, 2016年)という回想記が話題になり始めた。なぜなら、この本に出てくる「ヒルビリー」という人々が、トランプの最も強い支持基盤だとわかってきたからだ。

 著者のJ・D・ヴァンスは、由緒あるイェール大学のロースクールを修了し、サンフランシスコのテクノロジー専門ベンチャー企業のプリンシパルとして働いている。よくあるタイプのエリートみたいだが、そうではない。

 ヴァンスの故郷ミドルタウンは、AKスチールという鉄鋼メーカーの本拠地として知られるオハイオ州南部の地方都市だ。かつて有力鉄鋼メーカーだったアームコ社の苦境を、川崎製鉄が資本提携という形で救ったのがAKスチールだが、グローバル時代のアメリカでは、ほかの製造業と同様に急速に衰退していった。

 失業、貧困、離婚、家庭内暴力、ドラッグが蔓延するヴァンスの故郷の高校は州で最低の教育レベルで、しかも2割は卒業できない。大学に進学するのは少数で、トップの成績でもほかの州の大学に行くという発想などはない。大きな夢の限界はオハイオ州立大学だ。

 ヴァンスは、そのミドルタウンの中でも貧しく厳しい家庭環境で育った。両親は物心ついたときから離婚しており、看護師の母親は新しい恋人を作っては別れ、そのたびに鬱やドラッグ依存症を繰り返す。そして、ドラッグの抜き打ち尿検査で困ると、当然の権利のように息子に尿を要求する。母親代わりの祖母がヴァンスの唯一のよりどころだったが、10代で妊娠してケンタッキーから駆け落ちしてきた彼女も、貧困、家庭内暴力、アルコール依存症といった環境しか知らない。

 タイトルにもある「ヒルビリー」は田舎者の蔑称だが、ここでは特に、アイルランドのアルスター地方から、おもにアパラチア山脈周辺のケンタッキー州やウエスト・バージニア州に住み着いた「スコットアイリッシュ(アメリカ独自の表現)」のことである。

 ヴァンスは彼らのことをこう説明する。

 貧困は家族の伝統だ。祖先は南部の奴隷経済時代には(オーナーではなく)日雇い労働者で、次世代は小作人、その後は炭鉱夫、機械工、工場作業人になった。アメリカ人は彼らのことを、ヒルビリー(田舎者)、レッドネック(無学の白人労働者)、ホワイトトラッシュ(白いごみ)と呼ぶ。でも、私にとって、彼らは隣人であり、友だちであり、家族である。

 つまり、彼らは「アメリカの繁栄から取り残された白人」なのだ。

 「アメリカ人の中で、労働者階級の白人ほど悲観的なグループはない」とヴァンスは言う。黒人、ヒスパニック、大卒の白人、すべてのグループにおいて、過半数が「自分の子どもは自分より経済的に成功する」と次世代に期待している。ところが、労働者階級の白人では44%でしかない。「親の世代より経済的に成功していない」と答えたのが42%だから、将来への悲観も理解できる。

トランプのおかげで政治に興味を抱いた人びと

 悲観的なヒルビリーらは、高等教育を得たエリートたちに敵や懐疑心を持っている。ヴァンスの父親は、イェール大学ロースクールへの合格を報告した息子に、「(願書で)黒人かリベラルのふりをしたのか?」と尋ねた。

 ヒルビリーにとっては、リベラルの民主党が「ディバーシティ(多様性)」という言葉で守り、優遇しているのは、黒人や移民だけなのだ。知識人は自分たちを「白いゴミ」としてばかにする鼻持ちならぬ気取り屋であり、自分たちが受けている福祉を守ってくれていても、ありがたいとは思わない。

 彼らは「職さえあれば、ほかの状況も向上する。仕事がないのが悪い」と言い訳する。

 そんなヒルビリーたちに、声とプライドを与えたのがトランプなのだ。トランプの集会に行くと、アジア系の私が恐怖感を覚えるほど白人ばかりだ。だが、列に並んでいると、意外なことに気づく。みな、楽しそうなのだ。

 トランプのTシャツ、帽子、バッジやスカーフを身に着けておしゃべりしながら待つ支援者の列は、ロックコンサートやスポーツ観戦の列とよく似ている。

 彼らは、「トランプのおかげで、初めて政治に興味をいだいた」という人たちだ。「これまで自分たちだけが損をしているような気がしていたし、アメリカ社会にもやもやした不満を抱いてきたけれど、それをうまく言葉にできなかった」という感覚を共有している。

 「政治家の言うことは難しすぎてわからない」「プロの政治家は、難しい言葉を使って自分たちを騙している」「ばかにしているのではないか?」……。

 そんなもやもやした気持ちを抱いているときに、トランプがやってきて、自分たちにわかる言葉でアメリカの問題を説明してくれた。そして、「悪いのは君たちではない。イスラム教徒、移民、黒人らがアメリカを悪くしている。彼らを贔屓して、本当のアメリカ人をないがしろにし、不正なシステムを作ったプロの政治家やメディアが悪い」と堂々と真実を語ってくれたのだ。

 トランプの「言いたいことを隠さずに語る」ラリーに参加した人は、大音響のロックコンサートを周囲の観客とシェアするときのような昂揚感を覚える。

 ここで同じ趣味を持つ仲間もできる。しかも、このロックコンサートは無料なのだ。

 「トランプ支持者は暴力的」というイメージがあるが、それは外部の人間に向けての攻撃性であり、お互い同士は、とてもフレンドリーだ。この雰囲気は、スポーツ観戦とも似ている。特に「チーム贔屓」の心境が。レッドソックスのファンは、自分のチームをとことん愛し、ニューヨーク・ヤンキースとそのファンに強い敵意を抱く。この感情に理屈はない。

 トランプの支持者と直接接触したことがあるので、ヴァンスの本を読んでいて、「同じ人々だ」と思った。ヴァンスが説明するアパラチア山脈のヒルビリーに限らず、白人が多い田舎町では同じようなトランプ現象が起こっている。

トランプの支持者はヒルビリーだけではない

 いっぽうで、トランプは高学歴、高収入の白人男性にも支持を広げていった。ハーバードやプリンストンなどの有名大学を卒業した中高年層のWASP(白人、アングロサクソン、プロテスタント)だ。

 彼らは、2008年にオバマ大統領が選挙に出馬したときから「オバマはイスラム教徒だ」、「オバマはアメリカで生まれてはいない」といった陰謀説のEメールをしつこく友人や親族に送り続けた。ヒルビリーとは異なり、おおっぴらに「トランプ支持」を口にしないが、ひそかに政治資金を寄付し、トランプに票を投じたのがこの人たちだ。

 「アメリカを再び偉大にしよう(Make America Great Again)」というトランプのスローガンは、このグループには「アメリカを再び白人が支配する偉大な国に戻そう」と聞こえる。

 少し前までのアメリカでは、白人男性が企業と家庭を支配し、有色人種やゲイを差別するジョークを自由に言え、白人だけが加入できる社交クラブに通い、美人の秘書にセクハラをしても許された。なのに、いまは、「ポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)」により、何をやっても「人種差別」とか「女性差別」だと糾弾される。彼らは、それを窮屈に思い、口にこそしないが、白人男性が特別な存在だった昔に戻りたいと願っている。

 白人男性とその他のアメリカ人の軋轢は、今後「その他のアメリカ人」が増加するにつれ、ますます増加するだろう。それが収まるのは、多様性を受け入れて育ってきた新世代のアメリカ人がマジョリティになるのを待つしかないのかもしれない。

 それまでの間、表向きだけであっても「多様性重視」というアメリカの価値観を続ける必要がある。でないと、人種差別や性差別が堂々と行われていた暗い過去に戻ってしまう。

(渡辺由佳里『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』より抜粋)

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ