物語×パズルで脳をすみずみまで鍛える 『1日5分で思考力がアップする! 謎ときパズル』より
記事:大和書房
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――探偵の香崎明人と助手の天池美乃香は、とある辺境の町にやってきた。この町の住民から奇妙な依頼を受け、その依頼人に会いに来たのだ。
「ここが赤星町。ところで香崎さん、奇妙な依頼ってどんな依頼なんですか?」
天池は依頼についてまだ何も聞かされていなかった。
「さあね。何だろう」
「は?」
「いや、何も知らないわけじゃない。わかっているのは、この町はとても【論理的思考】を必要としているということ。そして、その依頼は難題を突破して町を救ってほしいということ」
依頼人のところに行くとだけしか知らされないまま、ここまでついてきた助手の天池は驚いて香崎を見た。
「…それだけ?」
「それだけって、十分じゃないか。まあ、役には立てそうだ。そう思わないか? ああ、見えてきた。あそこを見てくれ。ほら、家が3軒ならんでいる。依頼人の家はこのどれかだ」
香崎は依頼人の家がある方向を指さした。
「どれかって…。わかっているんではないんですか? 依頼人のお宅の住所は? 電話番号は?」
「いや、いくつかの情報しか聞けていないんだ。私たちを試しているのかもしれない」
「早速難題ですか? …大丈夫なんですか? なんだか変な依頼ですし、嫌な予感がしますよ…」
不安な様子を見せる天池を気にも留めない様子で、香崎は続けた。
「それぞれの家から渡された情報がこれだ」
「右の家と中央の家と左の家…。うーん、この問題を解けば、依頼人の家がわかるということですね」
答え.中央の家
【解説】
右の家と中央の家の情報は矛盾しているので、どちらかが嘘の情報です。つまり、左の家の情報は本当とわかります。
左の家は「中央の家は嘘」と言っているので、中央の家の情報が嘘と決まります。
◇ ◇
香崎と天池は依頼人の家に向かった。200 坪はありそうな敷地に、立派な一軒家が建っており、手入れが行き届いた庭に植えられている立派な樹木は柚子の木だ。表札には竹森と書かれている。
「竹森さんですか。あ、ここに、町長ってありますよ。町長からの依頼だったんですね」
天池がインターフォンを鳴らすと、中から50 代くらいの男性が出てきた。
「初めまして。依頼をいただきました香崎です。こちらは助手の天池」
「おお、君が香崎さんか。どうやら最初のテストは突破したようだね。まさか、お隣さんのインターホンも鳴らしたなんてことはないだろうね?」
「はは。大丈夫ですよ。まっすぐこの家にやってきました」
竹森はジロジロと香崎と天池を眺め、その後、家に招き入れた。
まもなく女性が紅茶と焼き菓子をお盆に載せ、やってきた。
「妻の紗織です。本日は遠いところをはるばるとありがとうございます」
香崎は、棚に飾られている1枚の写真を手に取った。写真には依頼人とその妻と、若い男女が写っている。
「お子様ですか」
すると、依頼人は明らかに表情を曇らせた。
「ええ。そうです。今は2人ともここにはいません。弟の稔は1年ちょっと前に、よりによって隣町の青星町に行ってしまいました。あそこはここよりは多少豊かで、ちょっとは大きな町ですからね。最初のころは手紙をよこしていたんですが、最近は全くですよ。姉の紗香は…」
竹森は一瞬言葉を詰まらせ、下を向いた。
「失踪しました。そのことであなたに依頼を出したんです」
「なるほど」
竹森の話によると、娘の紗香が姿を消したのは10日前。彼女は現在 24 歳で、この町のパン屋「フワフカ」で働いていたという。パン作りから担当していた紗香は、その日も夜明け前からいつも通り店に向かって家を出た。特に変わった様子は見られなかった。しかし、その日帰ってくることはなく、それっきり失踪してしまったらしい。
「その日、紗香さんはパン屋にたどり着いたんですか? フワフカのご主人は何と? フワフカで働いていた人は何人ですか? その中で紗香さんと個人的な関係があった人は? それから…」
「フワフカは休業中ですよね。今は店を閉じている。失踪したその日から長期休業というところでしょうか」
矢継早に質問をぶつける天池を落ち着かせ、香崎は依頼人に話の続きを求めた。
「パン屋の主人とは古い付き合いですよ。大切な娘を任せるくらいですからね。だから、彼が犯人とは思えません。彼によると、当日、パン屋の営業が終わるまでしっかりと働いていたみたいです。フワフカには、娘の紗香ともう1人、小林という若い男が働いていました。怪しいのは小林ですよ…! 小林は…嘘つき団のメンバーです」
「嘘つき団?」
嘘つき団とは通称で、本人たちは『ロジカルズ』と名乗っている。普段から嘘ばかりつく上に、町人たちに論理的な思考を試すような難題を出す。そして、解けないと店であれば購入代金を踏み倒し、業務妨害を行い、役場であれば住民に迷惑をかけると脅す。彼らは暴力的で人数も多く、町も手を出せずにいるという。
「小林という男が怪しいですね」
天池は興奮気味にメモに「小林」、「嘘つき団」などと書き込んでいる。
「嘘つき団は手ごわいですよ。…ちょっと力試しをさせていただいてもよろしいですか」
そう言うと、竹森は1枚の紙を2人の前に差し出した。
答え.左の扉
【解説】
右の扉が正しいと仮定します。すると、真実を語る扉は1つですから、左の扉の「この扉を開けると死ぬ」は誤りです。
右の扉が正しくないと仮定します。つまり、真実を語る扉は1つではないので、正しい情報を伝えている扉は0個か2個です。
しかし、すでに右の扉は嘘とわかっているので、2個ではなく、0個となります。
つまり、左の扉の「この扉を開けると死ぬ」は誤りです。
以上から、右の扉が真であっても偽であっても、開けるべき扉は左の扉です。
◇ ◇
「ふむ。賢い。あなたたちになら任せられそうだ。嘘つき団はかなり手ごわいですよ」
「わかりました。まずは嘘つき団について調べてみます」
「捜査に役立つでしょうから、『ジャスミン』というバーのマスターを訪ねてみてください。竹森の紹介でやってきたと言っていただければ、いろいろと話してくれるでしょう」
竹森から地図を預かり、2人は依頼人の家を後にした。――
限られた日常の中で、私たちの脳はなかなかすみずみまで使われることはありません。どうしても使い慣れた思考回路ばかりが繰り返し使われ、それ以外の部分はさびついたように動きにくくなっていきます。そして、いつもの思考回路ばかりが活発に働き、私たちの思考を支配していきます。
通勤・通学の電車内など日常のすきま時間を利用して、気が向いた時に1話、1問というように気軽に脳をほぐす習慣をつけたいものです。