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生誕250年を迎え、ふたたび見直されるベートーヴェン像(下)  作品の完成とはいつを指すのか

『ベートーヴェン像 再構築』の著者・大崎滋生氏。新作品目録(手前の赤い書籍)、書簡全集(奥に並べられた白い書籍)、そして手に持っている会話帳の丹念な読解から本書が生まれた。(撮影:武蔵俊介)

作品は何をもって完成とみなされるのか?

 作品の完成とはいつを指すのか。ジャンルによって考え方は大きく異なるだろう。大ざっぱにいえば「作品が世に公表可能になった段階」になるだろうが、公表という概念も完成と同じく曖昧だ。商業マンガの場合、雑誌やウェブへの連載時と単行本への収録時で大きく内容が修正されることは珍しくない。舞台作品は再演を重ねるたびに改訂を加えるのが普通であり、何をもって完成とするかの判断はきわめて難しい。

 音楽の場合も、作品の完成をいつと見なすかはケースバイケースだ。ことに現代においてはライブ、メディア出演、録音物の販売、ウェブ上でのミュージックビデオやライブの配信など公表の形態が多様化しており、共通の定義を見出すのは不可能である。

ベートーヴェンはこんなにもめんどくさい仕事をしていたのか!

 翻って、250年前に生まれた西洋音楽の作曲家であるベートーヴェンにとっての作品の完成とはいつを指すのか。大崎は、ベートーヴェンの作品にはふたつの「完了」状態があると定義する。ひとつは「作品がいちおう演奏可能な段階に至った状態(=作曲の完了)」、もうひとつは「楽譜が出版に至った状態(=創作活動の完了)」だ。たとえば交響曲の場合は、以下のような創作プロセスとなる。

 多くの場合、初演は出版に先立って行われるので、出版用楽譜には初演(もしくは非公式な試演)時に発見した問題点を盛り込んだ修正が加えられる。しかし初演が終わってから出版用楽譜の作成がはじまるケースばかりではなく、演奏用と出版用の楽譜作成が同時並行で進められるケースもある。この場合は、途中で修正が生じた場合、両方の譜に赤字を入れなければならない。

 大崎は本書の第3章で、『交響曲第5番』(いわゆる「運命交響曲」)の「作曲の完了」から「創作活動の完了」に至るまでの過程を時系列でまとめている。およそ2年弱をかけて何種類もの楽譜が作られ、修正され、転写され、さらに訂正表が添えられ、誤植が正され、また修正が加えられていくプロセスは、語弊を恐れずにいえば、読んでいるだけでうんざりするほど煩雑だ。これらの一連の仕事には写譜師(コピスト)や楽譜出版社や演奏者もかかわってくるので、口頭や手紙によるコミュニケーションも必要となる。並行して進む仕事が増えるとミスも起きやすくなる。作曲者本人を含む関係者はみなピリピリして仕事に臨んだにちがいない。しかしこうした地味かつ面倒な仕事は、まぎれもなく音楽作品を創るプロセスの一部であり、決して軽視できるものではない。

 『交響曲第5番』は、1808年12月のウィーンでの公開初演が大失敗に終わっている。ベートーヴェンがこの不評に対して何を思ったかは定かではないが、いずれにしても初演時点では『交響曲第5番』の創作活動は完了していなかった──ということは心に留めておくべきだろう。いくら初演が大コケしたからといって、何もかもなかったかのように逃げたりはできない。まだ楽譜出版までの遠い道のりが待っている。難聴の問題を抱え作曲の専門家としての人生に活路を見出すしかなくなった音楽家が、創作活動を未完了のまま放り出すわけにはいかない。大崎の分析は、そんなシビアな現実をも照射している。

ベートーヴェンがロンドンに住む弟子フェルディナント・リースに宛てた、『ハンマークラヴィーア・ソナタ』出版のための修正箇所一覧(1819年)。普段の手紙や自筆譜の筆跡は非常に乱雑なベートーヴェンだが、このリストからは精一杯の慎重さが感じられる。出典:Beethoven-Haus Bonn, Sammlung H. C. Bodmer, HCB Br 198

「音楽と人生は関係ない」と言い切る前に必要な検証

 創作活動の期間は従来よりも広くとらえるべきである──この大崎の見解は、これまでのベートーヴェン像にまとわりついたさまざまな伝説から人びとを解放する。ベートーヴェンの場合、作曲といえば「野山を歩いて楽想を探し求め、スケッチ帳に書き留めた」というイメージがあまりに強く、後世の画家たちは、紙と鉛筆を手に草木とたわむれるベートーヴェンを「音楽家が作曲を行っている神聖なシーン」として好んで描いてきた。しかしスケッチは、いうまでもなく、創作のプロセスにおいてごく小さな導入部にすぎない。

 「作曲の完了」と「創作活動の完了」のタイミングを明示することによって、研究者の間で長年繰り広げられてきた論争が解決をみる場合もある。大崎が一例として挙げているのが『交響曲第2番』の創作過程だ。この交響曲は長らく、ベートーヴェンが耳の病にもっとも苦悩した時期とされる1802年の4月から10月に作曲されたとみなされてきた。ゆえにこの曲を扱う際には、作品がもつ明るい雰囲気と、作曲者の精神状態の悪さという矛盾が論争の的となり、「作曲とはその時点の感情と関係のないものである」(第1巻、p.48)という主張もあらわれた(この主張は、「生み出す音楽は優れているが、人間としては大きな問題を抱えている」という近年のベートーヴェン像を間接的に補強している)。

 ところが20世紀末に発見された新史料をもとに創作過程を再検証すると、この交響曲は、1802年4月より前に初演の具体的な計画が進行していた、つまり「作曲の完了」状態に達していた可能性が見えてくる。音楽と人生(=エピソード)の矛盾という問題は、そもそも存在しなかったという解釈が成り立つのだ。

ウィーン郊外ハイリゲンシュタットにある散歩姿のベートーヴェン像。ベートーヴェンが楽想を求めて歩いたとされる「散歩道」は、家や墓地とならぶ聖地のひとつになっている。元画像 © HeinzLW / CC BY-SA 3.0 (via Wikimedia Commons)

「誰でも挑戦できる」のスピリットから生まれた『ベートーヴェン像再構築』

 もし音楽の専門家でもファンでもない方が本書を手に取ったとしたら、おそらく驚くだろう。ベートーヴェンのような有名な音楽家について、まだこれほど「再構築」の余地があるのだろうかと。大崎が序章で記しているとおり、この数十年においてさえ基礎研究は格段に進んでおり、新しいベートーヴェン作品目録の刊行(2014年)や会話帳全集の本編の完結(2001年)などの成果が世に出ている。時代はベートーヴェンから遠ざかっているにもかかわらず、作品や人物の姿はますます鮮明化している。

 「(作品目録などの)データは世界中で共有されることとなったのだから、ベートーヴェン像の再構築はいわば誰もが挑戦できるものとなった」(第1巻、p.20)──大崎はこう述べている。日本を代表する大研究者である氏の口からこのような誠意のある言葉が出てきた以上、当記事の筆者は、僭越ながらそれに応える評を書いておかねばならない。この大著に対する最大の悲劇的な誤解は「ここに正しいベートーヴェン像がある」あるいは「ベートーヴェン作品の創作プロセスはこのように理解せねばならない」と読者側が受け取ってしまうことだろう。

 むしろ本書は、最新の基礎研究のデータを駆使して生まれた、きわめて独創性の高い仮説の集積である。大崎は「感動」という言葉をシニカルに用いて従来型のベートーヴェン像を批判しているが、本書が提示するベートーヴェン像もまた途方もなく感動的である。なぜならベートーヴェンが煩雑な創作過程をいくども乗り越えていくさまは、この音楽家の「不屈の精神」が新たな形で再構築された姿に他ならないからだ。

大崎滋生『ベートーヴェン像再構築』(春秋社、2018年)

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