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恐竜図鑑が完成するまで 私たちは世界の奥地で化石をとってくることから始めた

記事:創元社

『恐竜と古代の生き物図鑑』
『恐竜と古代の生き物図鑑』

 突然ですが、クイズを一つ。恐竜図鑑は、完成までに何年かかるでしょう?
 1年? 3年? それとも10年?

 正解は200年です。近代において最初の恐竜化石が発見されたのは今から198年前。イギリスのメアリー・アン・マンテルという人が見つけたイグアノドンの歯化石が始まりです。約200年に及ぶ研究成果が結集されているのが、今日私たちが手に取る恐竜図鑑です。

 でも、図鑑の企画段階から考えれば、完成までせいぜい数年くらいのもんでしょ、というご意見はご勘弁を。そういうことを言う方は、滝に打たれて心を清めることをおススメします。

図鑑をつくろう

 私は、恐竜図鑑にちょこちょこ協力させてもらっていますが、編集者のご苦労はなかなかのものです。掲載する恐竜の選定から内容の構成、イラストレーターとのやり取りなど、仕事は山のようにあります。一方、私は専門家として「これは違います」とか、「ここを直してください」と口出しするだけですから、楽なもんです。私も滝に打たれて心を清めようかと思います。どこかに打たせ湯的なソフトタッチの滝はありますか?

 さて、ある日のこと、『恐竜と古代の生き物図鑑』の監訳を頼まれました。監訳とは、外国語で書かれた書籍を日本語で出版する際、訳文に間違いがないかチェックすることです。間違いは監訳者の責任。訳者や編集者、そして読者に迷惑が掛かってしまいます。何度も読みなおし、時には論文にあたり、正しい表現を探っていきます。

 『恐竜と古代の生き物図鑑』は、カラフルな恐竜たちが宝石箱のようにちりばめられたとても美しい図鑑です。一昔前の図鑑とは異なり、羽毛をそなえた恐竜たちがたくさん描かれています。外国の図鑑はレイアウトや色遣いがとてもユニークです。紹介されている恐竜たちの選定も独特で、日本の図鑑ではお目にかかれないようなマイナーな恐竜もちらほら……。あれ、ページをめくっていると、そこには珍恐竜、チウパロンのイラストが!

チウパロンのふるさとへ!

 チウパロンとは、中国河南省で発見されたダチョウのような見た目の恐竜です。ポケモンのような名前が可愛いですね。実はこれ、私が初めて発表した論文なのです。と言っても、私の役割は、共同研究者の一人として「発掘地の地層を調べること」でしたが。

木枯らしピゥピゥ、チウパ村へ
木枯らしピゥピゥ、チウパ村へ

 2007年秋、大学4年生だった私は、中国河南省に来ていました。日本から飛行機を乗り継いで省都、鄭州へ。そこから現地博物館のスタッフたちと車で西を目指します。途中、少林寺サービスエリアでトイレ休憩(こっそり、少林寺Tシャツを買いました)。さらに走ると、山間にある「チウパ村」に到着です。

 チウパ村には、中国の原風景のような景色が広がっていました。晩秋の農村はたいへん美しく、初めてなのにどこか懐かしい雰囲気。宿泊施設に暖房はなく、アツアツの鍋とお酒で体を温めます。中国語が喋れなくても、鍋をつついているとなかまとの距離は縮まっていくようです。観光客が訪れることのないディープ・チャイナ。「これは、ナショナル・ジオグラフィック誌の世界ではないか!」と感嘆しました。

 こんな小さな村が、実は恐竜化石の一大産地なのでした。ここ一帯では、チウパロンのほか、小型肉食恐竜のルアンチュアンラプトル、歯の無い赤ちゃん恐竜のユーロン、そして超小型恐竜のチウパニクスなど、様々な恐竜化石が見つかっています。私が降り立った崖には恐竜の卵殻化石が無数に散らばり、当時はここが営巣地だったことが分かります。チウパ村は、白亜紀の生態系を知る「のぞき窓」だったのです。木枯らしがピュウピュウ吹くなか、私は夢中でデータを集めました。

静かに隊員の行く手を阻む牛
静かに隊員の行く手を阻む牛

研究が完成する

 帰国後、研究室で結果をまとめます。研究はチーム戦なので、他の共同研究者と連絡を取りながら論文を作成していきます。大学4年生だった私が執筆で貢献できる場面はあまり多くなく、当時の指導教官だった北海道大学の小林快次先生がメインとなって進めてくれました。「チウパ村の龍」を意味する「チウパロン」は、小林先生が考えた名前です。

 何度も手直しや修正があったあと、論文は2011年に正式に公表されました。なるほど、論文の発表は何年もかかるものなんだ。

道路脇での発掘風景
道路脇での発掘風景

 むしろ、チウパロンの論文は早い方で、化石の発見から論文の発表まで10年以上かかることもざらにあります。大型恐竜が埋まっていることが分かれば、それを発掘するための人員と時間、そしてお金が必要です。何年もかけて発掘したら、今度は博物館でクリーニング作業が進められます。余分な土砂を取り除いて化石をあらわにしていけば、ようやく研究できる状態になります。論文を投稿すると、今度は専門家による厳しいチェック(査読)があり、修正が求められます。こうしてようやく完成するのが論文なのです。

 図鑑をめくれば、たくさんの恐竜たちが掲載されています。その一種一種に、発表までたいへんな労力があったわけですね。

 図鑑に掲載できる恐竜は、発見されている恐竜のごく一部。しかも、新たな種が毎年報告されるので、完璧な恐竜図鑑など存在しません。将来、すべての恐竜を発見できるとは思えませんから、恐竜図鑑は、常に未完なのです。

 となれば、冒頭のクイズは、「永遠に完成しない」が真の答えになりそうです。図鑑に載せる恐竜を探して、古生物学者は今日も旅に出るのです。

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