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人生の後半戦を生き抜くために、マンガで読むカーネギー 『サバイバル! 炎上アイドル三姉妹がゆく』

記事:創元社

『サバイバル! 炎上アイドル三姉妹がゆく――マンガで学ぶデジタル時代の「人を動かす」』
『サバイバル! 炎上アイドル三姉妹がゆく――マンガで学ぶデジタル時代の「人を動かす」』

 人間の生物としての寿命から考えると、自分はすでに折り返し地点を過ぎ、残りの半分を生きている。登山にたとえるなら山頂を越えて、ちょうど下山の行程に入ったところだ。ということは、さっき通ってきたのが頂上? あれが頂上なのか? 残念ながらそこには感動を覚えるような頂からの眺めも、過酷な山道を登り切った達成感もなかったように思う。今も周囲にはずっと遠くまで深い霧が立ち込め、自分が登っているのか下っているのかも定かではない。ただ、歩みを止めてはいけないことだけはわかっている。そこで待つのは「遭難」、あるいは「死」だけだ。誰もそんなことは望んでいない。だから今日も明日も、歩を前に進めていく。しかし、このまま歩き続けるには体力も装備も心もとない。身体は重く、思ったように動かない。靴底はすでに擦り切れ、ふんばりもきかない。はたして視界が悪いのは、深い霧のせいなのか目の衰えのせいなのか。おそらくはその両方なのだろう。

 きっと多くの「後半戦に入った人」は、徐々に目減りしていくライフポイントを横目に見つつ、あとどれだけのことがやれるかに思いをはせるようになる。「まだある」とは考えず、「もうない」と思う。たまにそれで落ち込むこともあるが、それでもおおむね生きることは楽しい。聞いてくれる相手がいるうちは、冗談や愚痴を言って憂さを晴らしていれば、今日は過ぎ、似たような明日がやってくる。冴えない。非常に冴えない。そんな冴えない中年に、この本はキラキラまぶしく映る。

成功をあきらめない若者の青春譚

 話の主人公は売れないアイドルグループだ。名前は「123☆シスターズ」。3人組の姉妹という設定になっている。それぞれ個性はあるが、うまく発揮できてない。チームワークもバラバラだ。冒頭、そんな鳴かず飛ばず彼女たちに、次の新曲がチャートインしなければ解散という宣告がなされる。そして、新しい専属マネージャーがつくことになる。その敏腕マネージャーが繰り出す施策が次々に当たって……という劇的な展開にはならない。変化は徐々にしか訪れない。人の思いが人を少しずつ変えていく。人が人に作用する。

長女役の「ひとえ」。いつも冷静沈着なしっかり者。
長女役の「ひとえ」。いつも冷静沈着なしっかり者。

次女役の「ふたば」。元気があふれすぎるトラブルメーカー。
次女役の「ふたば」。元気があふれすぎるトラブルメーカー。

三女役の「みく」。誰よりも熱い思いを持つが自分に自信がない。
三女役の「みく」。誰よりも熱い思いを持つが自分に自信がない。

 随所にカーネギーが説く人間関係の原則が登場する。「議論しない」「自分の過ちを話す」「相手の関心事に関心をもつ」「笑顔を忘れない」――。ストーリーの中で、それらの原則によってどのように事態が好転したかが描かれる。出てくる原則はどれも至極当たり前のことだ。そういうことが大切なのはよくわかっている。人によっては「うるさい」と感じるかもしれない。ただ、物事がうまく行かないとき、その当たり前のことができていないことが多い。

どのような持ち札で生きるか

 何かに対処するとき、「いつもやっている方法」や「これまでと同じ考え方」が幅を利かせる。なぜなら、そうしておけば楽だからだ。どうも人間の身体や心はもともと省エネ志向らしく、エネルギーが必要な新しいやり方や変化を忌避するようにできているらしい。さらにやっかいなことに、旧来のやり方は周囲への馴染みがよく、反発を受けない。そして、「経験」から出たものとして評価されたり、尊重されたりする。その傾向もあって、多くの場面でほぼ自動的に、疑うこともせず「経験」に基づいた対応がなされる。自分のような中年はなおさらだ。先に述べたように、そもそも手持ちのカードが少ないのだ。「センス」「スピード」「バイタリティー」あたりはすでに使ってしまった。残るカードは「経験」しかない。

 カーネギーはそこで「原則」を出せばいい、と言う。さまざまな職業を経験したのち、話し方講座の講師として歩き出した彼は、あるとき受講生に必要なのは話術ではなく「対人関係の技術」であることに気づく。その後、哲学書や心理学書、伝記の類を読み漁り、各界の名士や実業家に取材をするなどして教材づくりを始め、それをもとに生まれたのが今もなお読み継がれている名著『人を動かす』だ。記念すべき初版は1936年、カーネギーが48歳のときだった。話し方講座を始めて25年、教材づくりを始めて15年の月日が流れていた。

 カーネギーが長年の歳月をかけて抽出し、磨き抜いた「対人関係の技術」や「人間関係の原則」(しかもそれは80年以上、世界中で支持されている)と「自分の経験」や「いつもの行動様式」のどちらが好カードかは、比べるまでもないはずだ。しかもそれは、議論をしそうなときに言葉を飲み込んだり、笑顔を忘れそうなときに笑うように心がけるという、言ってみればちょっとしたことなのだ。

ストーリーのラストを飾る対決シーン。どうなるシスターズ!?
ストーリーのラストを飾る対決シーン。どうなるシスターズ!?

 新しいことに取り組んだり、トラブルを乗り越えたりしながら、シスターズの3人は一歩ずつ成長し、ついにトップアイドルの座を争うまでになる。若い人はその姿に共感したり、自分を重ねたりできるだろう。しかし中年にはきびしい。住んでいる世界が違う。同じ世界線にいない。もっと違う設定で、と言いたくなる。それでもストーリーに一喜一憂し、その姿勢さえあれば今からでもカーネギーが説く原則を学ぶことはできる。

 もし同じように、よるべなく惑っている同士がいたら、そんな人にこそ勧めたい。ポップな見た目と裏腹に、私たちの「後半戦」に効くはずだ。

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