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系外惑星に見る新たな価値観の創出 ハビタブルな宇宙が示すもの(前編)

記事:春秋社

赤色矮星Kepler-186のハビタブルゾーンに発見された地球サイズの第5惑星の想像図(NASA Ames/SETI Institute/JPL-Caltech)
赤色矮星Kepler-186のハビタブルゾーンに発見された地球サイズの第5惑星の想像図(NASA Ames/SETI Institute/JPL-Caltech)

コロナウイルス感染を俯瞰的に見る

 2020年は人々が新型コロナウイルスに怯える年になってしまった。本稿執筆中の7月下旬時点では先行きも不透明だ。ウイルスは目に見えず、自分や家族、友人がいつ襲われるかわからない恐怖に苛まれた人も多かったであろう。

 一方で、多くの理系研究者たちが専門分野にかかわらず、感染の解析にのめり込んだ。積極的に世間に発信する人も少なからずいた。専門外だからこそ見えることもあるので(例えば、専門家でも感染症学者、免疫学者、医師で意見が違うことが結構あるが、それをフラットに見ることができる)、そういう発信は必要だろう。

 一人ひとりの顔を捨象して俯瞰的に見てみると、感染症現象の基本は指数関数(倍々で増えていく関数)のはずなので、死亡者数などの時間変化は対数(桁の数)のグラフを用いると、直線になることが多く、その直線の傾きは感染の実態を反映する。条件が変われば直線の傾きや関数の形も変わる。

 この統計的な考えかたは、理系研究者にとって専門分野を問わず理解しやすく、今はインターネットで各種データが手に入る。自分で対数グラフを書くと、欧米では国や感染爆発開始タイミングによらずに傾きが一致している一方で、アジア諸国では傾きが明らかに小さいことにすぐに気づく。データをグラフ化して謎解きを試みることは得意技とも言えて、筆者も含めて多くの研究者がのめり込んだ。

 情報も集め知識も蓄えながら俯瞰的に見ると、 今、社会で何が起こっているのかが実感でき、得体の知れない恐怖は消える。指数関数では係数(条件)を少し変えると結果が何桁も動くことを知っていれば、「42万人死亡」と言われても上限値は当然そうだろうが何桁も低くなる可能性のほうが高いだろうと特に驚くことはなく、同時に、傾きがちょっと変われば上限値に行き得るので、その観点でデータの推移を注視すればいいという具体的対応も思いつく。

 『ハビタブルな宇宙』において、筆者は、科学には全体を俯瞰的に見る「天空の科学」とでもいう方向性と、私たち自身や私たちが住んでいる場所を対象とする「私につながる科学」があると述べているが、コロナウイルス感染の話も「私」を中心にして見るだけではなく、「天空」から俯瞰的に見ると、見え方が変わるのである。

 だが、それで全て解決かというと、感染症の問題はそんな単純ではない。公衆衛生、経済、政治などの人間社会の話と深くつながっている。ロックダウンなどの政策はもちろんのこと、クラスター対策では個人個人を綿密に追跡する必要があるし、感染の広がりと社会的弱者やマイノリティーの関連は深い社会問題であり、単に人数というような統計量で扱うことは難しい。

 つまり、感染症の問題は、「私を起点にする視点」と「俯瞰的な天空の視点」が交錯するところにあるといえる。

 実は同じようなことが、全く関係のないように見える2019年のノーベル物理学賞の対象にもあてはまる。

2019年ノーベル物理学賞は系外惑星

 2019年ノーベル賞では、吉野彰さんの化学賞受賞によって日本では影に隠れてしまったが、物理学賞は太陽系外の惑星の発見に対して授与された。

 太陽のように自身で輝くガス球の「恒星」を周回する小さな天体が「惑星」で、地球も火星も木星も太陽系の惑星だ。太陽とは別の恒星をめぐる惑星を「系外惑星」と呼んでいる。

 系外惑星の探索は1940年代に始まったが、その後半世紀の間、何も発見できなかった。もう半ば諦めかけていた1995年、ついに系外惑星が発見された。

 その後の四半世紀で、系外惑星系は実に多様で、太陽系は標準的な姿ではないこと、銀河系の恒星の半数以上は惑星系を持ち、生命を宿す惑星も無数にありそうなことが示された。それが宇宙生物学の隆盛へとつながり、地球外生命、生命の起源の研究を活性化した。日々の暮らしに直接役立つわけではないが、人類史において非常に大きな発見となった。

 天文学は必然的に「天空の科学」になる。だが、 技術の向上でいまや惑星の大気成分まで観測されるようになり、中心星から適度な距離があって表面に海が存在可能な温度領域(ハビタブル・ゾーン)にある惑星で、大気中に水蒸気が発見されたりもした。

 こうなると、その先に進むには、私たちが住む地球の知識(地球科学)が必要となる。そこの生命の可能性を考えるなら生物学も必要だ。生物学は地球で暮らす生物の知識に他ならないので、地球科学も生物学も「私につながる科学」の色合いが強い。

 かつては、生命が住む天体としては地球そっくりな惑星をイメージし、そこに住む生命も地球の動物や植物をもとに想像することが多かった。しかし、系外惑星系は実に多様で、俯瞰的に見ると地球は生命が生息し得る天体の一形態に過ぎず、生命の形も「地球型」が普遍的とは思えない。地球観や生命観が「天空からの科学」によって刷新されようとしているのだ。

 このように、系外惑星は「天空の科学」と「私につながる科学」が交錯するところにある。そのことが系外惑星研究を難しくするとともに、魅力を放つ理由になっている。

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