1. じんぶん堂TOP
  2. 文化・芸術
  3. 建築家ヴォーリズの理想の住まいとは 設計思想を自ら語った『吾家の設計』

建築家ヴォーリズの理想の住まいとは 設計思想を自ら語った『吾家の設計』

記事:創元社

『吾家の設計』書影
『吾家の設計』書影

今日も伝えられる不思議なヴォーリズの魅力

 ヴォーリズの建築が表舞台に出てきたのは、建築・設計事業の開始から百年を超える長い歴史の中でも、ごくごく最近のことである。滋賀県豊郷町という小さな町の古い小学校の改築をめぐる報道が全国をかけめぐり、ヴォーリズの名が全国に知れわたった。最近では、大阪の大丸心斎橋店の建て替えをめぐる話題でも「ヴォーリズ建築」と紹介された。そうしたことが伝えられるたびに、不思議にも新たなヴォーリズ建築ファンが増えていく。身近に触れていながら気づかず、あるいは自分の身近なところにヴォーリズ建築があったことを改めて知った方々が多いと聞く。それらの方々にとっては、自身の原風景にもなっている建築に「ヴォーリズ」というキーワードが与えられると、それが思い出の宝箱を開ける鍵であるかのように感じられるのだろうか。

国の登録有形文化財に登録されている豊郷小学校の旧校舎群(朝日新聞)
国の登録有形文化財に登録されている豊郷小学校の旧校舎群(朝日新聞)

 先年、兵庫県西宮市の神戸女学院大学のキャンパスに残る十二棟のヴォーリズ建築が、国の重要文化財に指定された。それだけではなく、ヴォーリズ建築事務所が手がけて登録文化財の指定を受けた建築は、北海道から九州に至る全国に点在している。外国人建築家でありながら、日本で戦前までに千以上の建築案件を扱い、戦後も含めると国際基督教大学(ICU)をはじめ現役時代に二千七百余りの建築物を手がけた記録が残るヴォーリズ建築の魅力は、いったいどこにあるのだろうか。

ヴォーリズ建築の究極の目的

 ヴォーリズの住宅を評して「居心地のよい建築」「暖かい建築」「やさしい建築」などとコメントを付した雑誌を見ることがある。しかし、その言葉はあまりにも抽象的で、具体的に何が人々に言わしめているのかは実に興味深いことだろう。ヴォーリズの言葉として紹介される有名なフレーズがある。

建物の風格は人間の人格と同じく、その外観よりむしろ内容にあります

 この言葉は、一九三七(昭和十二)年に刊行された『ヴォーリズ建築事務所作品集』の巻頭言に含まれるひとつのセンテンスを訳出したもので、彼が建築についてさまざまの思いを吐露した文章の中で見出されたものだった。原文では「外観」は「服」にたとえられている。確かにヴォーリズ建築の魅力を「内部空間の豊かさ」と評するファンや研究者がいることも事実だろう。しかし、それだけで「ヴォーリズ風」と評してしまうことはできない。そこには、そもそも住宅とは何なのかという、ある種の哲学的、理念的な思想から語りかけられる要素が、随所に見え隠れしているからではないだろうか。

『吾家の設計』13-14ページより
『吾家の設計』13-14ページより

 それを知る手がかりとして、冒頭で触れた文化生活研究会発行の雑誌「文化生活の基礎」第三巻第八号(一九二三〈大正十二〉年発行)の中に、ヴォーリズが寄稿している「真の文化生活」と題した一文の中で次のように述べている。

家と私共の実際生活は五つの点について、深い関係があります。即ち家と健康、家と教育、家と能率、家と道徳、家と宗教の五つであります。(中略)子供とその生まれた家との関係です。この文化生活の第一の目的は健康に好(よ)い生活をすることです。その家は宏大(こうだい)な家でもなく、贅沢な家でもありません。実際に自分の家族を保護する、身体を健やかにする家でなくしてはなりません

 また「湖畔の声」誌にも「私の夢」と題した一文の中に「文化住宅の理想」という小見出しで住宅に関する思いを語っているが、彼の最大の関心は、様式、意匠、装飾よりあくまで住む人の健康と、家としてのよい環境であった(「湖畔の声」一九五〇〈昭和二十五〉年十月号)。

 こうした文章を目にするとき、ヴォーリズという人物に、建築家という印象をはるかに超える、何か大きなものを強く感じる。そしてヴォーリズの考える家には、形ある建築物の中に常に人の匂いを嗅ぎ取り、手を添えるような姿勢が垣間見える。ヴォーリズ建築事務所が世に送り出した建築物には、世代が変わり、持ち主が変わっても、同じ空間から漂う不思議な暖かさ、やさしさが潜んでいるのかもしれない。そのような「家」(HouseではなくHome)に対する思いを頭の片隅に置いて、この書にしたためられている言葉を味わうとき、時を超えて語りかけてくるヴォーリズのまなざしが、読者にも感じられるのではないだろうか。

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ