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『飛田百番』に誘われて 絢爛豪華「遊びのデザイン」にあふれた遊郭の建築を見る

記事:創元社

『飛田百番-遊廓の残照』
『飛田百番-遊廓の残照』

これが……遊廓か!

 大学に入学して間もない頃、私は友人と「飛田新地に足を踏み入れてみたい」と熱望し、教授に願い出て連れて行ってもらった。もちろん昼間であるし、よこしまな思いからではなく真面目なフィールドワークとして臨んだのである。

 通りを歩くとステンドグラスを模した丸窓のある店、タイルで外壁を彩った店……。そこここに名残のある家や店が立ち並んでいる。経年変化でおそらく当時は鮮やかであったであろうその色もくすんでいるが、かねてから遊廓であったことを実感させるに十分な佇まいにドキドキした。

 その中でひときわ存在感を放っていたのがここ、「鯛よし百番」だ。

 大きい。そして、立派だ。昼間だったので夜の艶やかさこそなかったが、その威風堂々とした佇まいに「ほーっ」と見上げて友人と教授と3人、数分の間動かずにただ眺めていた。

 そもそも私が「鯛よし百番」の存在を知ったのは、大学図書館にあったある一冊の本からだった。

 それが、この『飛田百番――遊廓の残照』だった。

100枚におよぶカラー写真が伝える豪華絢爛な世界

 その本の頁をめくると、オールカラーで店の全体から細部までが丁寧に写し出されていた。とにかくその豪華さといったらなかった。19歳の私はまたたくまに、お寺や神社、お城とも違う、異彩を放つその建築物に魅入られた。1964年東京オリンピックの名実況中継、「世界中の青空を全部東京に持ってきてしまったような、素晴らしい秋日和……」という台詞さながら、さすがに世界中と言わないまでも、日本中の特徴ある豪華な装飾が一堂に会したような素晴らしい内装。調和しているような、それぞれが主張して派手すぎるような、「千と千尋の神隠し」の湯屋のような異様さといったら伝わるだろうか。「ここは異空間だ」と、建物が言っている。

 「ぜひ足を踏み入れてみたい!」とこの時思ったのである。

 一度目は先ほど書いたように、フィールドワークで真っ昼間に。目的なく長居してはいけない気がして、建物を目に焼き付け、この日はさっとひきあげた。

 二度目は、ついに、「鯛よし百番」の中に入った。社会人になってから「実はあの建物に入ってみたかった」とひそかに思いを温めていた友人4人と、晩御飯を食べに行ったのだった。

 そこには『飛田百番――遊廓の残照』で写し出されていたそのままの店があった。お店の人に確認をとってから、できる限り多くの写真を撮ったものの、ここは営業中の料亭。図々しくすべての部屋を撮るのはためらわれ、自分たちの案内された部屋とロビーを撮影するに終わった。

 けれどもこの『飛田百番――遊廓の残照』には、100枚にもおよぶ写真でもって、あますところなく全てが写し出されている。実際に行って見られるよりも多くの情報を記録してくれているのだ。

文化と歴史を残すものとして

 災害の多い日本で、美しく残っている建物は貴重だ。残っているということは、残したい、守りたい、という人の思いが働いているからである。「鯛よし百番」は、皆が残したいと熱望した建築物なのだ。価値ある建築物として、そして文化の残り香を感じ取れる存在として。

 ただ、存在するものはみな、常に消失の危険にさらされている。経過は避けられず、突如訪れる災害は人の思いなど無視して大事なものを根こそぎさらっていく。そんな時、本という存在は有難い。実際に行った人も、行けない人も、本を介してその場所へ行ける。どんな大きいものも、小さいものも、本という箱の中に収めれば、いつでも取り出し、いつでも眺められる。ネットよりも確かな存在として、本は記憶を保管してくれる。『飛田百番――遊廓の残照』も「鯛よし百番」の存在を、当時の空気をその写真に閉じ込めたまま、永遠と言わずともこの先末永くとどめおいてくれるだろう。

 恥ずかしながら学生時代、私はこれほどまでに影響を受けた『飛田百番――遊廓の残照』がどこから出版されているかを確認していなかった。そして大学図書館で見て以来、もうその本を開くこともなかった。社会人になってから一度、書店へ行って販売されているか調べた気がするが、すでに絶版となり手に入らないものになっていた。日々は忙しく過ぎ去るし、面白いものは街中に転がっている。やがて思い出すこともなくなっていった。

 数年の時を経て縁あって創元社へ入社した時、会社の棚にこの本が差さっているのを見つけて驚き、感激した。懐かしい友人と偶然再会し、「わぁ!久しぶり!元気だった!?」と手と手を取り合って騒ぎ合うような気分だった。また驚くことに間もなく復刊が決定し、図書館のものでもなく、会社のものでもなく、私のものとしてこの本は再び手元にやってきた。今では家の棚にしっかりと収まり、いつでも「百番」に連れて行ってくれる。
(創元社 古賀)

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