「英語で言えること」で言い換える 言語学者がテクニック紹介 『英語上達40レッスン』(下)
記事:朝倉書店
記事:朝倉書店
母語と外国語の大きな違いは,母語では直観がきくということである。母語の場合,たとえ習っていなくても文法性(文法的に正しいかどうか)を判断できる。
(1)太郎が部屋{ から/を} 出た。
(2)煙が煙突{ から/*を} 出た。
(1)は「から」と「を」の両方が使えるが,(2)は「から」しか使えない。*は「文法的に正しくない」ことを示す、言語学でよく使われる記号である。このことは,日本人(大人)であれば誰でもわかるが,なぜそうなのかという理由を説明することは難しい。母語の場合は説明できなくてもわかるのである。これは「ヴィトゲンシュタインのパラドックス」とよばれる。このような言語直観を外国語でも習得できるのかは,わかっていない。
次の例をみてみよう。
(3)That {tall/*high} building blocks the lights.
ではtall は使えてもhigh は使えない。(3)は「その高いビルが太陽を遮っている」という意味であるため,「ビル全体の高さ」を述べている。このように,下から上まで全体を捉えて「高い」という場合にはtall を使う。一方,high は上だけをみて「高い」という場合に使うが,このような使い分けに関する直観を英語の母語話者はもっている。
興味深いことに,(3)のようなtall/high の使い分けについて,英国で修士号を取った院生に聞いてみたところ,英語の母語話者とは異なる基準で使い分けをしていることがわかった。つまり,英語に多く触れていても,母語話者と同じ直観をもつようになるとは限らないといえる。これは,学習者は外国語の学習段階で自分なりのルールをつくり上げているという「中間言語」仮説の一例といえる。また,母語習得の場合でも,子どもは過剰一般化などにより大人とは異なるルールをつくり上げるが,徐々に母語の文法や規則を習得していくことが報告されている(文献1など参照)。これらのことからも,最初から正確さを過度に求める必要はないことがわかる。
スピーキングの場合,最初は言いたいことの2 割くらいしか英語で言えないのが当たり前である。実践を通して,言いたいことを英語で自在に言えるという理想に近づけていけばいい。とくに,時間の制約がある実践的なスピーキングを習得するためには,完璧な正しい英語を話そうとするのではなく,自分の知っている単語や表現でも十分伝わる英語を話せる方法を学ぶことが大事になってくる。つまり,どういう英語を使うかではなく,どう英語を使うかがわかっている状態にしておくのである。
どう英語を使うかという方法論の1 つにリプロセシング(「再加工」を意味する)がある。簡単にいうと,英訳が可能な日本語にするという方法である。
(4)彼女とケンカして意地を張ってしまっている。
(5)私は彼女に「いいよ」というべきだが,そうしたくない。
I should tell her“ itʼs OK,” but I donʼt want to.
(6)私は彼女を許すためには少し時間が必要だ。
I need some time to forgive her.
(4)~(6)はいわゆる和文英作ではなく,あくまで(4)の内容を英語で伝えるということである。(5)(6)の日本語がリプロセシングの例であるが,ポイントは発言の趣旨をつかむことである。そのため,(4)は(5)(6)のように「彼女に謝りたくない」ことに焦点を当てた英語にすることも可能である。さらに,リプロセシングの目的は英語にすることであるため,英語の文法や構造を意識するようにもなる。たとえば,通常,日本語では主語は明示されないが,英語では原則として主語が必要である。そのため,(5)(6)では「私は」という主語を立てながらリプロセシングをしている。
リプロセシングは同時通訳などでも使われているが,スピーキングの場合,通訳などの実際に英語を使っている分野の人たちの方が実践的なノウハウをもっているし,これを生かさない理由はない。どのような効果が得られたかを数値で測ることばかり考えるのではなく,現場の知恵に耳を傾けることも必要である。
シンプルかつ的確に英語を話すには
(1) 自分の知っている単語と文法をフル活用する。
(2) 正確さに過度にこだわらず,リプロセシングを使って言いたいことをおさえる。
参考文献 畠山雄二(編)(2013)『書評から学ぶ 理論言語学の最先端( 上・下)』,開拓社.