なぜ英語が話せないのか? 言語学者が教える、英語の習得が難しい理由 『英語上達40レッスン』(上)
記事:朝倉書店
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英語(というか外国語)の学習におけるスタートとゴールは,次のようになるだろう。まず,ゴール(つまり英語学習の目標)は,「ネイティブのように英語を使う」である。では,「ネイティブのように使う」の中身はというと,(ほとんど苦もなく)無意識に,状況に合わせて適切に使うということである。これが目標であり理想といえる。しかし,母語(私たちでいうと「日本語」)は無意識に,適切に使えるのに,英語(外国語)はそのように使えない。この明確な現実がスタートになる。
つまり,英語学習は「ネイティブのように英語を使う」という理想と「ネイティブのように英語を使えない」という現実のギャップを埋める作業にほかならない。しかし,どのようにギャップを埋めるかというhow の部分がはっきりしない。いろんな人がいろんな見解を述べるのも,このhow の部分(つまり「どのように」)に関してである。本節では,スピーキングのhow について考える。
アメリカの言語学者クラシェンは言語習得にはインプット(聞くこと/読むこと)が必要であるという「インプット仮説」を提案した(文献1)。この仮説に対して,アウトプットも必要ではないかといった反論はあるものの,「インプットがなければ言語は習得できない」という点に反論するものはいない。つまり,以下のことがいえる。
スピーキングを習得するためにはインプットが欠かせない。
しかも,大量のインプットが必要である。
スティーブン・ピンカーは,「なぜ赤ちゃんはしゃべりながら生まれてこないのか」という疑問を取り上げているが,その理由として「3 年くらいのインプットが欠かせない」ことを指摘している(文献2)。
こういうと,「中高と6 年間も英語を勉強してるのに英語が話せない」という反論をよく聞く。しかし,毎日2 時間欠かさずに60 年間やって5 年やったことになる。日本のように,英語を普段使わないで,学校の授業のときだけ英語を学習している環境では,圧倒的にインプットの量が足りない。まずは,このことを自覚する必要がある。
このインプットの少なさ以上に深刻なのは,普段,英語を話さないことである。英語のスピーキング力をつけるもっとも効果的な方法は,英語を話すことである。というより,話さないでスピーキング力をつけることはできない。一度も泳がずに泳ぎがうまくなることがないのと同じである。つまり,日本におけるスピーキングには次の重大な問題がある。
話す機会が少ない中で,どのようにスピーキングを習得するのか。
このような「インプットおよび話す機会の少なさ」という問題に対する一番現実的な対処方法は「スピーキングの方法論」を学ぶことである。まず,スピーキングの利点は何かというと,こちらの土俵で戦えるということである。リスニングの場合は,相手が発信することを理解する必要があるため,相手が自分の知らない単語や表現を使ってくる場合もある。つまり,リスニングは相手の土俵に上がって戦わないといけない。これに対して,スピーキングは自分が知ってる単語や表現を使えばいいので,非常に有利である。この有利さを理解していない場合が多いから,「単語力がないし,文法がよくわかってないから,英語が出てこない」というようなことになる。
知ってる単語と文法を使えばいいのである。たとえば,「焦らず,ゆっくりやってください」と言いたい場合,“Take time.”( 時間とって。)や“ Don’t worry, I can wait.”( 心配ないよ,待てるから。)のように,簡単な単語と表現を使えばいい。
スピーキングは,知ってる単語と文法を使えばいい。
このようなスピーキングの方法論を学ぶ利点は,応用がきくことにある。どのような場面でも使えるテクニックだからである。次回は,この点について具体的にみていく。
(「下」に続く)
参考文献
1) Krashen, S.(1981) Second Language Acquisition and Second Language Learning, Pergamon
2) スティーブン・ピンカー(椋田直子訳)(1995)『言語を生みだす本能(上下)』,NHK出版